第九章 あらくれ③

 「え、莉子就職じゃないの?」

 「まぁ、でも専門だし…」


 放課後、カフェで期間限定スイーツが出るからと誘われた女子会。いつも学校でつるんでいる彼女たち。話題は進路のことになったのだが実は、本当に実はなのだが、私はもう進路が確定している。十月に試しに受けたAO入試で美容系の専門学校に通うことが決まった。てっきり友人たちも大学か専門学校に通うものだと思っていたのだが割と皆就職だった。私以外にも一人パティシエの専門学校に行くらしいが、それだけだった。こんなものかと彼女たちのリアクションを見て思う。他人の進路なんて案外気にしないものだ。彼女たちと帰路の途中で別れて向かったのはもはや行きつけの店になりつつある、帆澄君が働いている本屋さん。女子会の途中で言われた、「何で言ってくれなかったの」の一言が分かりやすく尾を引いている。言ったところでだし、そもそも進路とは結局自分で決めるものなのだから。この問いをしてきた彼女は良く私の真似をする子だったので、もしかしたら進路も同じにしようとしていたのかもしれないと思った。

 もう空の色は夜。マフラーに口元を埋めて寒さに耐える。この冬一番の買い物は何かと聞かれたら、この真っ白なふわふわマフラーだ。通販で安かったのだ。良い買い物をした。寒さに若干負けそうになって途中でココアでも買ってしまおうかと考え始めた時、柔らかい暖色照明で入口を照らすお目当てのお店が見えてきた。普段おすすめの本などが置かれたいる小さめなショーウィンドウから中を覗けば、レジであくびをかみ殺している帆澄君がいた。今日はあたりの日だ。本日並ぶレジを決めて、軽い足取りで入店した。

 今日は新しいブックカバーを買うつもりで来た。以前和香ちゃんと一緒に選んで買ったカバーがそれなりに汚れてきて、布製なので洗濯可能なのだが選択している間のブックカバーが欲しくなった。気に入った柄を見つけて二択で迷っていると、背後から大きな影が降ってきた。びっくりして振り返れば、そこには本を数冊抱えた帆澄君がいた。「いらっしゃい」と言ったくれた彼に、「お、ぅん」と微妙な返事をしてしまった。「桜城さん、好きだよねその辺」と私が見ていたブックカバーの棚を覗き込んでくる。試しにどっちがいいか聞いてみると、「お好きなほうをどうぞ」と心底どうでもよさそうな返事。思わず肩を殴ってしまった。殴ったというには威力がなさ過ぎたが…。私が殴った個所を摩りながらぼそぼそと痛がり、再度彼は棚を覗き込む。「これは?」と彼が指さしたのは、くすんだピンクの何も装飾がないシンプルなブックカバーだった。私が悩んでいた二択とは別の物だったので驚いたが、他人に言われるとなんだかそっちの方がいいように思えてくる。


 「じゃあこれにしようかな」

 「え、マジか…」

 「何でこれが良かったの?」

 「桜城さんの…桜色だから…?」


 照れくさそうに答えるものだから、なんだか微妙な空気が二人の間に流れる。彼は居心地悪そうに視線を彷徨わせて、「仕事戻ります」と沢山の棚の森の中に消えていった。それを何気なく追いかける。何で来るんだよって顔されたけど、こっちに用があるんです顔をして並んで歩いた。本当は用なんてないけれど。そんな私に呆れたであろう彼は、「勉強とかしなくていいの?」とこの時期の高校生にぶつけるにしてはまぁまぁ妥当な攻撃を仕掛けてきた。暗に帰りなさいと言われているのだが。反撃程度に「もう決まってるからいいの」と零せば、眼を少し大きくしてでもすぐに「おめでとう」と「お疲れ様」をくれた。


「専門?」

「そ」

「何系?」

「美容系」


 似合うねと彼は笑う。棚に本を並べながら、視線はこちらに向けず。でも柔らかい笑顔で言ってくれたその言葉を待っていたような気もした。妙に照れ臭くなった「ホントに?」なんてダル絡みをしてしまう。「ホントだよ」と棚からこちらへ視線を映して彼は言う。


「だって桜城さんって、よく星野さんとか夜永さんの髪縛ってるじゃん。そういうの好きなんだろうなって思ったよ」


 「ん」と差し出された手にブックカバーを置けば、「レジご案内しますね」と誘導されてしまった。レジ打ちの間に彼に進路について聞いてみる。他人の進路なんてどうでもよかったのだが、彼のというよりはあの皆の進路が気になった。まだ決めてないと彼は言う。促されるままお金をトレイにのせる。てっきり大学行くものだと思ってたと零して、自分の失言に慌てて手で口をふさぐ。彼は私のそんな仕草にすら、苦笑い気味だありながら優しい目をしてくれる。思わず「お人好し過ぎるよ」と零せば今度は少し声を出して豪快に笑った。


「自分の譲りたくないものと、自分が守りたいものの間で動けなくなってるだけ。多分時間が解決するから大丈夫。何とかなるよ」


 そんな言葉と共に差し出されたブックカバーを受け取る。受け取って鞄にしまう。ふと差し出された彼の手に答えると、私の掌にいちごミルク味の飴玉が落ちてきた。掌の上で転がすと、「頑張ったからあげる」となおも笑うこのお人好しさんが、どうか自分の好きなように自由にこの先を生きていけたらいいのにと思った。

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