第三章 桜の森の満開の下 ➁


 私、桜城莉子は孤独が嫌い。大っ嫌い。「ぼっち」にはなりたくないって強く思う。だって、「独りぼっち」は「可哀そう」だから。あの憐れむような、馬鹿にするような、見下すような視線が自分自身に向けられたらと思うとゾッとする。中学の頃から友達は多い方だった。一生懸命話を合わせて笑って、好かれるようにおしゃれして。皆に足並み合わせて生きてきた。いつだって私は、「憐れむ側」の人間でいたかった。高校生になって、髪を染めた。「もう自信を持っていいよ」、「貴方はもう大丈夫だよ」って自分で自分を励ますために染めたの。それをくるくるに巻いて二つに縛れば、皆に好かれる莉子ちゃんが完成するの。


 「ねぇ、あの子いつも一人だよね」

「あー、ずっと本読んでる子でしょ?見た目が無駄に綺麗だから、気味悪いんだよね」


 なんて話になって、またかぁって思いながらいつも通り頷こうとした。でも頷けなかった。だってその子は今まで見てきた、「ぼっち」な子達とは違っていたから。一人でいるのに一人ではないような、私には本という名の武器を携えて、独りで戦っているように見えた。戦っている相手はたぶん自分自身。「あぁ、カッコいいな」って思ってしまった。話してみたかったけど、あまりにも彼女の「孤独」がカッコよすぎて、それを壊したくなかった。


「莉子っていつもあの子見てない?なんで?」

「いつも一人だなぁって思って」

「可哀そうとか思ってるの?莉子ってばいい子過ぎ。優しいね」


 私のこれは優しさじゃない。私はただ、私自身が絶対にできないことを、カッコよくやってのけているあの子が、少し、ほんの少しだけ羨ましいなと思っているだけ。だって私は、彼女の名前すら憶えていなかったんだから。そんなの全然いい子でも、優しくもないでしょ?


 三年生になって、隣の席の「星野和香」が彼女だって知ってびっくりしたの。相変わらずずっと本読んでるし、「ぼっち」だけど、でもなんかいいなって思っちゃうの。そんなある日、彼女が本を置いて行った。どこに行ったのかは知らないけど、ちょっとした出来心でその本を開いてみた。挿絵もない活字ばっかのその本に、内容を理解するよりも前に飽きてしまった。『人間失格』の題名は聞いたことあるけど読もうと思ったことはないし、太宰治っていう人についても、国語の授業で名前が出てきたなぁってそれくらいの認識しか持ってなかった。「読んでた」…っていうよりは、「眺めてた」に近いけれど、彼女に見つかってしまって、焦って教室を飛び出した。


 次の日、授業中に彼女が話しかけてきたときはびっくりした。前日の件もあったから早く会話を終わらせたくて、私は彼女を拒否した。どういう心境の変化なのかは分からないけれど、それからの彼女は人と話そうと努力しているように見えた。流石にあの白峰風虎と話しているのを見たときは、幻なんじゃないかって二度見したけど…。でもここ一か月くらいの二人の様子は、いい雰囲気とは言えないけど楽しそうだった。


 そしてこの前の中間考査。彼女は現国の中じぃに褒められていた。「流石俺の弟子」って。本が好きだから、きっとそれで中じぃと話が合うんだろうなって思った。だって、私が読書感想文を書くのに飽きて、紙飛行機を折っていた隣で、そんな奇行に眼もくれず、ひたすら原稿用紙にペンを走らせていたような子だから。案の定、彼女は現国のテストで100点を取っていて、人が100点取ってるところなんて初めて見たから、思わず声に出してしまった。申し訳ないことをしたなって謝ろうと思っているけど、タイミングを逃し続けている。


 そんなある日、友達が言ったの。「あの二人って付き合ってるのかなぁ?」って。私は最初、白峰風虎と彼女のことを言っているんだと思った。だからその言葉に肯定したの。「そうかもしれないね」って。よくある恋愛ごとの噂話だと思ったの。でも友達が言ってたのはその二人のことじゃなかった。中じぃと彼女のことだった。普通考えてありえないでしょ?生徒と先生の恋愛なんて、少女マンガじゃないんだから。それに年の差考えなよ。万が一にも起こらないでしょ。え、馬鹿なの。クラスメイトの前で、間延びした声で質問した友達に対して、「信じらんない」って、心の底からこぼしてた。

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