風の中
風が吹く。
風は見えない。
風が吹いても、風だけだと 目に見えない。
近くの緑の木々が 風に揺れる.
そこで 初めて風が吹いているのが 見えて
そして、風を知る。
愛も見えない。
でも近くの人が 愛に触れて
温かい幸せを感じる
そこで初めて愛が見える
そして 愛を知る。
風も愛も 直に見えないけれど
存在している。
でも、通り過ぎていく
ひとところに いつも、あるものではない。
海辺の砂浜に 風が流れ
女が やっと起き上がったのは それから また一週間後だった
朝日があたり 少し海が 明るくなりだした頃
女は 慎重に 家の中の周りを 見ながら静かに起き上がった
誰も起こさないように 気づかれないように布団から出た
赤子はスヤスヤと眠りの中 女は、愛しむ目を向けた
男は隣の女が 家から出て行くのを 眠ったふりをして 静かに見送った
女は 初めて 家の外に出た
まだ 右足のふくらはぎは 歩くのに少し傷んだ
浜辺の風を受け 深い息を吸った
風の中
生きている喜びを感じるように
自分は もう死んだと思ってた
あの時 高い波に どうしても抵抗できなかったとき
波に飲まれ息ができなかったとき
海の中で気を失ったとき
助かる訳がないと
自分に縛り付けた、赤子もろとも、、
嵐で
海の中 船が沈みだし
自分に託された 大切な赤子
一緒に縛り付けた時に 価値ある宝石も みんな海の中に流された
自分には 助ける力がないと、何度も諦めて
涙が 大つぶの涙が 止ることのないように 女の目から流れた
こんなに大きな涙が出ることにも、驚き
止まることのない 涙を知る。
息が漏れ 号泣に なり声が おっ おっと
呻くような声になった
泣き止んだとき
涙が溢れ落ちたあと
吃驚するぐらい 心が
気持ちが、軽くなった
思いっきり泣いたあとの、すっきりとした
風まで 心地よく感じる
生きていることを
自分が、生かされた喜びを知る
心が落ち着き
いつかの、、
前の 自分の 内面の強さを 思い出す。
今
私は生きている
託された赤子も、、あの家で
でも自分は一人
船の仲間は、、みんな死んだのだろうか、、
あの方たちも、、みんな、、、
思い出される、戦いの中 女達が 馬 弓 刀
戦うために 選ばれた仲間と一緒に
女を忘れ 修行に明け暮れていた頃
船が沈む中
一番 生命力がある、自分に 将来のために託された
大切な運命の赤子
自分一人で守れるだろうか、、
とにかく守らなければ
自分に課された責任を、果たさなければ
自分たちの船を飲み込んだ 海に、立ち
たった一人
風の中
海を睨む 美しい女
痩せては、いるが 引き締まった体は 前の 面影を残している
今 出てきた 家の周りに、目を凝らす
漁をするのだろう 船は 安全なところに繋がれ
その向こうに 馬小屋、
遠くに 牛や 鶏が、囲いの中で 牧草を食べている
畑らしい野菜
何という 自家栽培 自給自足
立派ではなくとも、こじんまりとではあるが 見事に揃っている
馬の毛並みの良さ 選ぶ抜かれた名馬のような
手入れの行き届いた 家の回り
これを あの男は、小さな子供を 男一人で育てながら?
そして私達を あの海から救った、、?
嫁や 女の気配は 全然なかった
どういう背景が、あるのだろう、、
あの男 あの息子に
頭の中に一瞬 自分が布団で気がついたときの
抱き合ったままの
あの男の 頑なまでの 真剣な 目を思い出した
あの自信は本物だろう
あの たくましい体の 男の目に写った
自分の不安な顔
初めて見る 自分の悲しそうな顔だった
どうしたら良いんだろう これから私は、
うずくまり、肩を落とす女 頭を抱え込む
風がとても冷たく感じた 絶望のように、、
風が強くなり砂浜の砂が 体に当たる 痛い
風がまた吹いた
意識が遠くなりそう、、
朦朧として
うずくまり座る女の肩に
小さな手が、タッチした
同じ目線に あの男の息子らしい子供の
爽やかな目が あった
顔に当てていた女の手を そっと離して
子供にしては力強く 握り
家に手招きしていった
子供と女は、手をむすび
仲の良い親子のように
家に入った
家の中で、男の 組んだ足で
赤子をしっかり抱き
赤子に乳をあげている男の姿が目に入った
気持ちがゆるみ
思ってる以上に
風の中に
いたようだ
風に吹かれ
体が、まだ戻っていないのか
女の意識が 遠のく、、
小さな子供の 繋がれた手のぬくもりと
男に抱かれた 赤子の安らぎの顔に
温かい
愛のようなものを
感じた。
今の 自分にある
居場所は ここなのかも と
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