第39話 災難だったな


 シェイドがせっかく捕らえたルービア盗賊団を、旧リーネ帝国の移送班は逃してしまった。


 原因は帝都へ繋がるトンネルでの事故だ。


 これまでシェイドの土魔法で補修されてきたトンネルだったが、左遷によるシェイド不在で、そのトンネルが劣化、崩落……


 事故のどさくさにまぎれて盗賊たちは逃げてしまったのである。


 一方。


 ルービア脱走の報を聞いたカタルゴ連邦の大統領は、旧リーネ帝国へ大使を送った。


「……私がカタルゴ連邦国の大使だ」


「た、たた、大使さまでございますか?」


 属国(旧リーネ帝国)の首相は飛び上がってこれを迎える。


「大使さま! この度のこと、まことに申し訳ございませんでした!」


「そうは言うが……キミね。国として国際指名手配犯の移送も満足にできないんじゃ話にならんのだよ」


「ははッ、返す言葉もございません」


 床に頭をこすりつけて謝る旧リーネ帝国の首相。


「我が国の大統領はお怒りだ。これではもう“同盟関係″もやっていけないかもしれんな」


「ひッ、そんな(汗)そうおっしゃらずに! 我々を守っていただけるのなら、なんでも致しますから!」


「……今、なんでもといったね?」


 大使はそこで『要求』を述べ始めた。


 それは、これまで旧帝国が商店街を最終消費地とする卸し物流構造を守るために敷いていた『巨大店舗禁止法』を規制緩和すべしとの要求であった。


 つまり、カタルゴ連邦国の大規模店ショッピングモールが旧帝国市場へ参入できるよう、産業構造を改革しろということである。


 これをやってしまうと、小商店、卸し、物流業者など、さまざまな国内の既得権益が剥奪されてしまうこととなるが……


承知しょうち致しました! 連邦国が引き続き我々の国土を守ってくださるのなら喜んでやらせていただきます!」


 と、首相は床へ頭をこすりつけた。


「ふむ。そういうことならば……まあ、今回のことは不問にしよう」


「はは、ありがたき幸せ」


 こうして大使はカタルゴ連邦へと帰っていった。


 さて、弱い者たちは夕暮れ、さらに弱い者を叩くもの。


 首相は部下の宮廷魔術大臣を呼び出す。


「どうしてくれるんだ! ルービア盗賊団の移送はキミの宮廷魔術省が所管だろう! 危うく“同盟国″の信頼を失うところだった」


「ひええ……も、申し訳ございません」


「キミらにはなんらかの形で責任を取ってもらわなければ困るぞ」


「はッ、それでは宮廷魔術士のトップと相談してまいりますので」


 で、首相に叱られた大臣は、部下の魔術次官デロスを呼び出した。


 魔術次官とは大臣の次にエライ、事務方(宮廷魔術士)のトップである。


 そのトップ魔術士デロスに、大臣は怒鳴る。


「どうしてくれるんだ! 首相は大変お怒りだぞ!」


「……も、申し訳ございません」


 デロスと言えど大臣は上役。


 叱責には平服する他ない。


 大臣は続ける。


「ったく。今回のことで“同盟関係″すら危ぶまれたらしい。宮廷魔術士は組織としてなんらかの責任を取らなければ示しがつかないぞ」


「……それではこの度のルービア盗賊団の移送を指揮した局長、マイルに責任を取らせましょう」


「うむ。その辺が落としどころだろうな」


 こうして、カタルゴ連邦の大統領→大使→旧リーネ帝国の首相→大臣→次官→マイル局長……と責任が回って来たのである。


 ただし、『責任』と言っても直接クビにするようなことはしない。


 ルービア盗賊団の件は表沙汰にできず、表沙汰にできない理由で局長級をクビにすることはできないからだ。


 そこで魔術次官デロスは『新聞』を利用することにした。


 昨今、帝都周辺の道路や橋、トンネルなどが崩落する事件が多発している。


 もちろんそれは土魔法課の予算をゼロにし、最後のひとりまで地方へ飛ばしてしまった帰結だが……


 しかし、「土魔法課は予算のムダ」という世論、これは議会から喫茶店の会話に至るまで都民全員が言っていたことである。


 誰も今さら間違っていただなんて言えない。


 でも、ここで『悪者』をひとり仕立てれば話は別だ。


 土魔法課に引導を渡した張本人。


 最後の一人を左遷したマイル局長という男がいる。


 この男の軽はずみな裁量によって、帝都の道路は崩れ、橋は落ち、都民は多大なる不利益をこうむっているのだ……


 と、デロスはそんな情報を新聞へ横流しし、新聞はこれを面白おかしく書きたてた。


 大衆世論で、こういうのはバズる。


 都合がよいからだ。


 ある種の都合のよさを嗅ぎ分ける能力が、大衆世論という『現象』には備わっている。


 そして、かすかな後ろめたさがあるだけ、それは炎上した。


 後ろめたさこそが『しつらえものの正義』を振りかざす最大の行動原理なのだから。


「な、なぜ私だけが……???」


 宮廷魔術院で、マイル局長は頭を抱えて叫んだ。


「私は公僕! 議会の言う通り、世論の言う通り……都民の言う通りに事を行っただけなのに!!」


「キミの気持ちはわかるよ。災難だったな」


 と、やさしくポンと肩を叩くデロス次官。


 自分で世論誘導しておいてこれはおそろしい男である。


 怒鳴る男よりも、ずっと。


「しかし、新聞も騒いでいる。キミも覚悟を決めたまえ」


「そ、そんな……次官さまぁ、お願いします! クビさえまぬがれるのなら、なんでも致しますから!」


 その往生際の悪さに、デロスは苦笑いする。


 ただ、ここまで自分の手の平の上で転がってくれる男を愉快に思う気持ちもあって、


「ひとつだけ、生き残る道がある……」


 とつぶやいてみる。


「生き残る道……それはなんでございますか!」


「ふむ。キミが地方へ追い落とした土魔法課最後の男がいただろう。シェ……なんとかと言う」


「シェイド・コルクハットでございますか」


「そう。それだ。その男をキミが連れ戻して来れたなら、人々のキミへの怒りも収まるとは思わんかね?」


 実際、これはほぼ不可能な案ではあった。


 確かに昨今の道や橋の状況を見て、議会も「土魔法課に一人分なら予算をつけ直してもいい」とは言っているものの、あくまで「コストを抑えるため、日雇い派遣レベルの賃金でなら」という態度を崩さない。


 もともと帝都の公共事業をたった一人でこなしていた大天才魔術士が、辺境とはいえ勢力を持ち始めているのだ。


 日雇い派遣レベルの賃金などという扱いで戻ってくるはずがない。


 到底無理。


 デロスは暗にマイル局長をからかったのであるが……


「そのようなことでよろしいのですか?」


 しかし、当のマイル局長はパッと顔を明るくする。


「は? 聞いていたのか? キミが助かるには、元・土魔法課の男を連れ戻して来なければならぬのだぞ?」


「もちろん聞いておりました! シェイドがごとき無能な男、宮廷魔術士に戻れると聞けば泣いて喜ぶでしょう。それではさっそく行って参ります!」


「お、おい……」


 デロス次官が引き止める間もなく、マイル局長はバイローム地方へ向かって行ってしまった。


「まあ、いい。どうせクビになる男だ」


 そうつぶやいて、デロスは頭の中でマイルの名を記憶から消去する。


 それから少し迷った末、代わりに『シェイド・コルクハット』という名を頭の片隅に留めておくことにした。


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