第2話 夢に賭ける



「冒険者、か」


 家に帰った俺はひとりベッドへ寝転がり、天井へ向かってつぶやいた。


 確かに。


 実力主義の世界で自分の力を思いっきり試してみたい……と、そう思ったことがないと言ったらウソになる。


 冒険者はカッコイイしな。




 それに……


 俺はこれまでせっせと国家に仕えてきたワケだけれど、どーせこの国はもうバラバラだ。


 そもそも、この旧・リーネ帝国は、海向かいのタゴルカ連邦との戦争に負けた後、軍事的には支配されながらも『経済だけは大国』の誇りで存立してきた国である。


 でも、軍事的に保護されている国が、いつまでも経済だけ発展し続けられるワケはないのだ。


 どう考えてもそんなものは時間制限つき。


 スゲー長期的に見れば外圧から国内市場を守るのは軍事力だし、それに、独立していた頃の記憶を持った世代が年老いて死んでしまえば国内経済だって『国家の経済全体のこと』を考えるヤツの割合が減ってダメになるに決まっている。


 コストカット改革ばかりで『国家の土台』である土魔法課がとうとう廃止になったのも、その必然だろう。


 もうみんなとっくにあきらめて、カネや命より重いものはない世界に生きているのだから。


「はあ……」


 俺はそこまで考えると、ベッドから起き上がりカーテンを開けた。


 窓の外には、帝都の夜景。


 5階だて、6階だてのビルが並び、街角には無数の魔法ランプがおもちゃの宝石をちりばめたようにきらめいている。


 ――虚飾きょしょく繁栄はんえいの残りッカス。


 そんな言葉が脳裏に浮かんだ。


 そう。


 どーせ今の世の中は、一人一人が『その残りっカスにどれほどありつけるか』で勝ち組・負け組が決まる人生ゲームをやってるだけの、空虚な市民社会だ。


 だとすれば、この世界に一人ぽつんと、国境やしがらみに関係なく、“成果”が明瞭な分野に特化して実績を出してみせるのが一番の『勝ち組』ということになる。


 つまり、冒険者のような分野で。



 でも……


 仮にそれで世界一の成功を果たしたとして、俺の本当の『満足』はありうるのか?



 シュボ……!


 俺は薄暗うすぐらい部屋の中でタバコに火をつけると机の灰皿をこちらに寄せる。


 その拍子で放ってあった辞令の紙がヒラヒラと床に落ちた。


「はは……領主、か」


 俺はそいつをつまみ上げると苦笑した。


 そう。


 今、俺の前には二つの道がある。


 一つは、あくまで国家に仕え、ド辺境の領地『バイローム地方』へ赴任していく道。


 一つは、国家に仕えるのはもうやめて、セーラと一緒にフリーの冒険者としての成功を目指す道。


 どちらが『後悔しない選択』だろうか。


 いや、どちらを選んでも後悔くらいはしそうな気がするな。


「ふー……」


 俺はタバコをふかし帝都の灯りをぼんやり眺める。


 考えるのに疲れて、頭もほぼからっぽだ。


 それは、そんな時だった。


 落雷のような『ひらめき』が俺の脳へ降ってきたのは。


「あ……」


 辺境領地、土魔法……


 それはあまりにも突拍子とっぴょうしもなくはあるが、マジで腹の底の感情を揺さぶるような強い理想。


「いや、いくらなんでも……」


 とつぶやく。


 だが、俺の気持ちはゆっくりとその天啓アイディアの方へとかたむいていくのだった。



 ◇



「まさか。バイローム地方の領主になろうなんて人が、本当にいるとはねえ」


 後日。


 宮廷の『辺境領地課』の事務員はあきれたようにそうつぶやいた。


「あんたね。わかってないんだったら可哀想だから言うけど、これは退職金コストカットの一環だよ? クビにすると退職金がたくさんかかるからね。自主退職させるために無茶な役を振る。古典的な手さ」


「わかってますよ」


「……なるほど、あんたウワサどおり変わったヒトだ」


 そう言って肩をすくめる事務員さんに礼を言うと、俺は領地の資料だけもらって部屋を出た。



 で、そのすぐ後のことである。


 宮廷の廊下へ出て掲示板のところへまで至るとセーラのぷりっとしたお尻を発見した。


 高くポニーテールにした銀髪と姿勢のよい背筋せすじが、レオタードアーマーの尻を真面目なクラス委員長がスカートを穿くのを忘れて白パンツを丸だしにしているかのように見せていて、ちょっとギョっとする。


「……」


 俺はそんな女の背中ごしにそーっと掲示板をのぞき込んだ。


 すると、


≪シェイド・コルクハット、バイローム地方ノ領主ヘ着任ス≫


 という旨の広報がそこにあった。


「よお、セーラ。また来てたのか」


「シェイド……」


 声をかけると、セーラはこちらを見た。


 しかし、やがてハッとしたように掲示板へ目をやると、ポニーテールを銀の鞭のごとくひるがえしてツカツカと行ってしまう。


「あっ、おい!」


「……」


 後を追い、引き止めるが返事がない。


「おい、セーラ。待てよ」


「……失望したわ」


「え?」


「夢に賭けれない男性ひとに興味はないの。結局あなた。安定した地位を失いたくなかったのでしょう?」


 彼女はこちらを見もせず冷たく言う。


 俺はポリポリと頭をかいて答えた。


「……まあ、そう思ってもらってもかまわないけどさ。俺のこと嫌いになるのはもう少し待ってからでもいいんじゃねーかな」


「どういう意味よ」


「これが俺なりの夢のやり方って意味さ」


「よくわからないわね」


 と首を振るセーラ。


「逆転の発想だよ。『左遷されちゃってもいいさ』と考えたんだ」


「は?」


「つまり、上は左遷のつもりでも、俺までそう思わなきゃいけないことはないだろ」


 そう言ってみせるが、セーラは相づちも打たずに歩いて行ってしまう。


 俺は彼女の歩速に合わせつつ先を続けた。


「それで、これまで帝都の修繕メンテナンスだけに使ってきた土魔法を、今度はまっさらな土地へ一から町づくりをするために使ってみようって考えたんだ」


「町なんてつくってどうするのよ」


「ただの町じゃない。スゲー町をつくってさ、なんにもない領地に『最強の辺境』を築くんだ。このリーネ帝国そのものより、戦勝国のタゴルカ連邦よりも強い、最強都市をな。そうすりゃ俺たちはもう一度経済的にも、軍事的にも独立できる……どうだ、すげー夢だろ?」


「そんな荒唐無稽こうとうむけいな空想は、夢とは言わないわね」


 女は歩速を緩めない。


「わかった。じゃあ賭けをしよう」


「賭け?」


「ああ。もし俺がバイローム地方を『最強の辺境』にできたら俺の勝ち。お前は……俺のおよめさんになるんだ」


「……!?」


 セーラはぴたっと立ち止まり、眼鏡メガネの向こうの大きな瞳をパチクリとしてこちらを見つめた。


「本気なの?」


「ああ」


 俺が強く見つめ返すと、女は内股を少しモジっとさせて視線を落とした。


「じゃ、じゃあ逆にあなたが負けたら?」


「その時は冒険者になって、お前の部下として一生荷物持ちでもなんでもやってやるよ」


「……そう」


 とだけ呟くと、女はぷいっと尻を向けて、その場でしばらく黙ってしまった。


 俺は何か追加で声をかけたいのを我慢して、タバコへ火をつけて待つ。


 だが、刹那せつなの後。


 ポニーテールがリボンのようにひるがえり、セーラは俺の胸へそっと触れて言った。


「いいわ。その賭け、乗ってあげる」

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