予算のムダだと追放された土魔法使いだけど、辺境に《最強都市》築いたので今さら「戻って来い」と言ってももう遅い ~掘削×工作スキルで荒野に町づくり~

黒おーじ@育成スキル・書籍コミック発売中

第1話 予算のムダ



 ――土魔法課は予算のムダだ。


 そう言われ続けて、『旧・リーネ帝国』の土魔法課は抜本的ばっぽんてきなコストカットが繰り返されてきた。


 改革は進み、すでに『人件費1名』にまで削られてしまっている。


 で、その最後の1名というのが他でもない。


 この俺、シェイド・コルクハット(24)だ。




 でもさ、ちょっと考えてほしいんだよな。


 そもそも、ここ旧・リーネ帝国の帝都は100万人都市。


 土魔法課が人件費1名ということは、その膨大な道路、水路、橋、地盤補強……あらゆる公共工事を、俺1人でこなさなければならないということを意味する。


 マジ無茶言うなって話だろ?


 もちろん俺はこれでも超エリート宮廷魔術士だ。


 超S級土魔法【黄金のつるはし】と【工作BOX】を使って、通常では考えられないほどのスピードで土木、建設作業をこなすことはできる。


 ただ、それでも『帝都中の公共工事をたった1人でやる』なんて無茶ともなるとさすがに話が違うワケだ。


 1日16時間労働。


 365日フル回転。


 それでようやく、ギリギリ帝都の橋や道路、上下水道のメンテナンスが追いつくって感じ。


 こりゃさ、正直キツいなんてもんじゃないぜ。


 マジで血反吐はき、髪ハゲそうって感じ。(ハゲてはねえけど)


 でも。


 それでも『国家を強くするためだ』と思って歯食いしばって頑張ってきたんだ。


 どんなにツラく理不尽でも、頑張っていればいつかきっとみんなわかってくれるはず。


 そう自分に言い聞かせながら……




「なッ、なんですって……!?」


 しかし、そんなある日。


 宮廷の局長室で、俺はそんな悲鳴をあげることとなる。


「ぁあ? 聞こえなかったか?」


 上司のマイル局長は眉をひそめて答えた。


「ならばもう一度だけ言ってやろう。いいか? このたび土魔法課は『廃止』されることになった。よって予算は出ない。キミの給料もな」


「いや、聞こえはしましたけど……一体、何故なぜなんスか!」


「ぷふっ、何故なぜってキミ。もちろん『ムダの削減』じゃないか。土魔法課はムダ。みんな言っていることだし、第一これは国民議会で決定されたことだよ?」


「そ、そんな……」


 ムダの削減。


 その言葉を聞くたびに絶望感で全身の力がヘナヘナと抜けるような気がする。


「まあ、そう気を落とすな。キミにはちゃーんと新しい職場が用意されているから。ぷククッ……」


 そう吹き出しながらマイル局長は机へ封筒を放った。


「これは……?」


 封を切るとそこには、俺を『バイローム地方という土地の領主に任命する』という文言があった。


 バイローム地方……


 聞いたことだけはある。


 そこは荒れた土地にモンスターの跋扈ばっこする魔境。


 これまで領主がいたためしもなければ、その必要もなかった最果ての地である。


「……なるほど、厄介者やっかいものは遠い辺境へ左遷させんしちまおうってわけですか」


「キミぃ。人聞きの悪いことを言うものじゃないよ。弱小課の『課長』から『領主』に任命されるんだ。……うん。むしろこりゃ大出世だな」


 ぷっ、クスクス……(笑)


 マイル局長の“冗談”に、耳立てていた周りの事務員たちが声を抑えて笑っている。


「くっ……」


「じゃあ後のことは『辺境領地課』で聞いてくれたまえ。こっちも忙しいんでね」


 局長はそう言うと、犬をシッシッと払うようなジェスチャーで、俺に部屋を出るよう命じた。




 ◇




 局長室を出ると、俺はひとりヨロヨロと宮廷の廊下を行った。


 土魔法課、廃止か。


 とほほ……


 結局、どんなに頑張っても世の中からは『予算のムダ』って扱いなんだな。


 かつて宮廷魔術士Ⅰ類に合格し土魔法課を希望した頃は、


『俺がこの弱体化した旧・リーネ帝国を、再び強国へのし上げてみせる』


 と息巻いていたものだけれど……


 それも、もう無理なのかもしれない。


「はぁ……」


 そんなふうにしょんぼりと歩き、宮廷の正面玄関前のロビーまでたどり着いた時だ。


 ヒソヒソ、ヒソヒソ……


「おい、見なよ。シェイドだぜ」


「あー、土魔法課のヒトかぁ」


 柱の陰から聞かれるうわさ声は、どうやら俺のことを話題にしているようだった。


「落ちぶれたもんだよ。ヤツも土魔法課なんかにこだわっていなければねえ」


「まったくだ。かつて宮廷魔術士に登第した頃の豊頬の美少年の面影はどこに求めようもねえな」


「っていうかその土魔法課も廃止ってうわさだよ」


「え、マジ?」


「ひどい辺境に左遷されるんだってさ。バイローム地方、だっけな」


「何それ。そんなん事実上の『島流し』じゃん。超ウケるんですけどw」


「ヤツも終わったな。ククッ……」



 エリート宮廷魔術士たちの、『負け組』を笑うささやき。


 あんなくだらねえ連中の言うことなんか気にすることないと自分に言い聞かせるが、自ずと胸に黒いもやが立ち込めてくる。


 一刻も早くここから去りたい……


 そんな時だった。



 おー!  ざわざわ、ざわざわ……



 ふいに大きなざわめきが起こり、ロビーの空気が一変する。


 何事だ?


 そう思ってみんなの視線の先をたどってみると、そこには正面入口から宮廷へ足を踏み入れる一人の非凡なる美女の姿があった。


 ふわ……


 大理石のロビーに、女の銀髪のポニーテールが甘い印象を放つ。


 その髪のすべるなめらかな肩、赤い宝石のついた金のゆみ


 ぴっちりとした純白じゅんぱくのレオタードアーマーには乳房の形をクッキリ映しており、涼やかな目鼻立ちにはお固そうな銀の眼鏡メガネをかけていた。


「お、おい。あの人……」


「マジかよ!? あれ……冒険者ギルド支部マスターのセーラ・ナイトベルクじゃんか!」


 あたりのエリート宮廷魔術士たちがそんなふうに騒ぐ。


 強い憧れからか、顔を赤らめて声をすら出せない者もある。


「……でも、なんで話題の女マスターが宮廷なんかに来たんだ?」


「うーん、ギルド支部は有用な人材のヘッドハンティングに積極的らしいからな。もしかしてオレが……?」


「バーカ、あるとしたらオレだろ」


「いや、ワンチャン僕が……」


 ヘッドハンティングにしては白昼堂々すぎるが、成功冒険者の年収は宮廷魔術士の十倍、二十倍にも上ることもあってか、『もしかしたら自分が誘われるのかもしれない』という期待で誰しもがソワソワしている――そんな雰囲気に、その場は次第と緊張の静寂しじまに包まれていった。


 カツーン、カツーン……


 ロビーの大理石に冷たく響く、女マスターの青いハイヒール。


 アーマーの白パンツのようない目。


 若い太股ふとももの、肌の光沢。


 ……カツーン、カツーン、カッ!


 そして彼女は俺の目の前でKの字に脚を止めると、銀のポニーテールを手の甲でパッと払ってから眼鏡メガネを正しつつ言った。


「久しぶりね、シェイド」


「セーラ……お前、なんで宮廷に?」


「冒険者ギルドは有能な人材を獲得するためならどこへでも足を向けるのよ」


 ざわ、ざわざわ……


 俺と女が二、三言葉を交わすと、またざわめきが起こる。


「おい、シェイドのヤツ……セーラ様に話かけられてるぞ?」


「なんであんなヤツが!?」


 周囲からはそんな驚愕きょうがく嫉妬しっとの声が聞かれた。


 まあ。


 マジレスすると、セーラとは昔同じ魔法学校に通ってたってだけなんだけどな。


 当時、真面目なクラス委員長だったセーラと不良だった俺では接点などなさそうなものだが、学期ごとの魔法テストではずっと俺が1位だったこともあり、彼女から一方的にライバル視されていた……そんな関係である。


「それにしても……」


 と、セーラは周りのエリート魔術士たちからの好奇こうきの目を一瞥いちべつして言う。


「宮廷なんて久しぶりに来たけれど、やっぱり愉快ゆかいなところではないわね」


「チッ、人の職場をそう悪く言うもんじゃねえよ」


「あら? もうあなたの職場ではないのでしょう? 土魔法課が廃止になって、クビになったと聞いたけれど」


「クビじゃねえ。……左遷させんだ」


「ふん、似たようなものじゃない」


 セーラはほおへしだれかかるびんを耳へかけてから続けた。


「でも、これでわかったでしょう? 結局あなたは宮廷魔術士なんて向いていなかったのだわ」


「……どういう意味だよ」


「ハッキリ言うけれど……あなたはもう国家に仕えるのなんかはやめて、冒険者ギルドに登録するべきだと思うの」


 セーラはそう言ってグイっと詰め寄って来る。


「俺が冒険者に?」


「ええ。冒険者ギルドは国を超えた機関よ。パーティ追放の絶えない実力主義のキビしい世界だけれど、逆に言えばしがらみや出世とは関係なく、成果さえ上げれば高い報酬を得られる。あなたにはそんな世界の方が合っているんじゃないかしら?」


「冗談言うなよ。俺はモンスターと戦ったこともない素人だぜ? 冒険なんて無理だよ」


「いいえ! 経験は問わないの。大事なのは魔力と才能……あなたほどの男性ひとならきっと成功するわ!」


 そう迫る勢いで水着型アーマーの乳房の先っぽが俺の胸にムニッとぶつかった。


「で、でも冒険者ギルドへ登録するってことは、宮廷から籍を抜かなきゃなんないんだろ?」


 そうなると当然、領主の話はなくなる。


「ふん、あなたの能力をまともに評価できない人たちなんて放っておけばいいじゃない」


 セーラはそう言って眼鏡メガネを正すと、こちらを遠巻きに見るエリート宮廷魔術士たちへ『キッ』と冷たい視線を浴びせた。


 ざわ……


 彼らは全体的に一歩後ずさる。


 そんな野次馬の中にはいつの間にか上司のマイル局長の姿もあり、彼はとりわけ面目を失ったようでタコのように顔を真っ赤にしていた。


「ふん……」


 セーラはくだらないモノを見るように眉をひそめると、周りの宮廷魔術士たちからは目を切った。


「じゃあ、さっそく一緒に冒険者ギルドへ行きましょ」


 そして俺の腕をつかみ、グイグイ引っ張っていく。


「ちょちょちょ、ちょっと待てよ!!」


「心配しないで。初めてが一人じゃ不安よね? ちょうど私もマスター職なんてつまらないし、通常の冒険者プレーヤーに戻ろうと思っていたの。一緒にパーティを組みましょう?」


「そうじゃなくて!」


 俺はあわてて女の手を振りほどき、叫んだ。


「そんなの急に決めることじゃないじゃんってこと!」


「え?」


「その、俺にも少し考えさせてくれよ」


「なによ。ウジウジ悩むなんて、男らしくないわ……」


 女は一瞬表情を曇らせる。


「……と言いたいところだけれど、土魔法課が廃止されたばかりだものね。いいわ。待ってあげる」


「セーラ……」


「気持ちが決まったらいつでも連絡ちょうだい」


 セーラはニコッとほほえみながら首を横へかしげる会釈えしゃくをすると、白パンツのようなアーマーのお尻をぷいっと向けて宮廷を去っていった。

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