第3話 黄金のつるはし


「そうは言ったもののなあ……」


 と、俺は荒野を前にしてつぶやいた。


 目の前にはボロボロな立て看板があり、こうある。


≪ここよりバイローム地方≫



 ――そう。


 帝都から船と馬車を乗り継いでひと月。


 そこからロッド地方の森中道を歩くこと7日。


 俺はくだんの領地、バイローム地方に到着したのだが――



 ひゅるるるる……



 本当に、マジで岩と土ばかりだ。


 人がいないのはもちろん、人工物もこの立て看板以外は望むべくもない。


 ――左遷先を最強の辺境にしてみせる。


 そう意気込んではみたものの、この光景にはさすがにちょっと面食らってしまった。


「本当に何もないのね」


 何か知らんけどセーラはついて来ちゃってるし。


「セーラ、お前さ。やっぱ今からでも帰った方がいいんじゃねえか?」


「え? 何故?」


「だってさ……もったいなさすぎるだろ。花形ジョブのギルド支部マスターを辞めちまうなんて」


「いいのよ。もともとマスター職は辞するつもりだったし。あなたの賭けに付き合ってみることにしたのだもの」


 セーラはそう言いながら「んー」っと伸びをして、アーマーの胸をツンっと青い空へ向けた。


「それとも、私がいたら邪魔だったかしら……」


「いや、そりゃお前が協力してくれたらスゲー心強いんだけどさ」


 ただ、それは俺のおよめさんになる方にセーラ自身が協力することになるのだけど、それでいいのか?


「でもごめんなさい。私は開発や内政に関する知見はあまりないの。その点、あなたのアイディアについていく他ないのだけれど……」


「わかってるよ」


 と答えて、俺はタバコへ火をつけた。


 辺境領地課の資料によるとバイローム地方は、荒野、森、洞窟、渓谷けいこく、ジャングル、海岸……と、さまざまな原始的な地形に富んだ広大な辺境なのだそうな。


 ただし、これまで調査にさえろくに予算をつけてこなかったらしく、ようするに『いろいろな地形があって、いろいろなモンスターが出るよ』ということくらいしか書いていない。


 具体的にどんなモンスターが出るかとか、地質や資源についても不明で、ざっくりとした地図さえはっきりしない始末。


「とりあえず地形や地質を明らかにしながらちょっとずつ拠点を築いていくって感じかな」


 俺がそう答えながら資料をたたんだ時。


 ひょおおお……


 ふいに荒野へなま暖かい風が吹くと、銀色メガネの奥の青い瞳に警戒の光が宿った。


「でも、まずは私たちがここで生き残らなくっちゃね」


「やっぱり魔物の気配を感じるか?」


「ええ。特に死霊系の気配だと思う」


 と言うので、俺は怖くなってあたりを見渡した。


「……それらしいヤツは見あたらないけど」


「死霊系の魔物は、太陽の出ているうちは闇に潜んでいるものよ。今は姿が見えないけれど、夜は覚悟しておいた方がいいわね。焚火たきびを絶やさず、交代に見張りを立てるべきだわ」


「なるほど……。でも、そういう話だったら大丈夫だよ。どちらにせよここに最初の拠点を作るつもりだったから」


「だとしても小屋が建つまではテントで寝る他ないと思うけれど?」


「まあ、任せとけって」


 そう答えると、俺は右手を空へかざして呪文を唱えた。


「Spiritus Telluris, da mihi vires(土の精よ、我に力を与えたまえ)」


 パアアアアア☆


 すると、俺の右手には黄金に光り輝くT字型の道具が出現する。


 これは俺の魔力のみで具現化された魔道具。


 超Sクラス土魔法【黄金のつるはし】だ。


「へえ……」


 と、セーラは唇から感嘆の息を漏らす。


 俺はつるはしをクルクルと回しながら言った。


「とにかく、コイツで夜になるまでには安心して寝られるよう拠点を築くからさ。心配すんな」


「そう……だったら小屋についてはあなたを信用するわ」


 女はそう言って髪をサッと払い、背を向ける。


「じゃあ私は狩りをしながら近くに水場がないか探してみるから」


「えっ、そりゃ助かるけど、ひとりで大丈夫か?」


「これでも探索は得意なのよ。任せて」


 セーラはそう言って金の聖弓をかかげると、女子陸上選手アスリートの白ブルマーのような尻を躍動させて荒野を駆けて行った。




 ◇




 ひゅるるるる……



 さて、任せろと言ったことだしな。


 この領地『バイローム地方』の入口地点ポイントに、最初の拠点を作ろうと思う。


 拠点を作るには施設建設のための素材が必要だ。


 また、このデコボコした土地を整地しなければならない。


「……それじゃあ始めるか」


 と言うわけで、俺はさっそく【黄金のつるはし】を付近の岩へ打ち下ろしていった。


 ポコッ、ポコッ、ポコッ……!


 ちなみに、一般に『つるはし』という道具は、先端のくちばしのような金属部分で岩など硬い物質を砕くためのものだ。


 形状だけなら町の鍛冶屋でどこでも売っている道具の『つるはし』と同じ。


 しかし、この【黄金のつるはし】は俺の魔力で具現化された土魔法なので、ただ物質を砕くだけではなく、それを『素材』として自動的に回収する機能も備わっている。


 見た目には、砕かれた石がパッ、パッと消滅していっているように見えるかもしれんけど、『素材』としてきちんと魔法空間上にストックされているのだ。


○石材 13


 そして、回収された素材のデータはこうして俺の視界の隅に表示される。


 13というのは分量だ。


 単位はないが、だいたいどれくらいというのが俺の頭の中でははっきりしている。


○石材 13→17→21→26→32→35


 こうしてあたりの岩を砕いていき、どんどん回収していった。


 腕力わんりょくは必要ない。


 この黄金に輝くつるはしを軽く振り下ろせば、魔法の力で岩から石の塊がポロポロとがれていくから。


 ただし、非常に地道な作業ではあるけどな。


 目の前の岩が終われば隣の岩。


 その岩も終わればそのまた隣の岩……


 ポコッ、ポコッ、ポコッ!


○石材 986→992→998→1001→1009→1013


 で、こうしてひたすら岩を回収していると、ふと、一部に光る箇所のある大岩を発見する。


 キラキラキラ☆☆


 これは岩の方が光っているのではない。


 土魔法『黄金のつるはし』のガイド機能である。


 俺の目から光って見える場所には、希少な鉱物やアイテムが埋まっているということなのだ。


「なんだろう……」


 とつぶやきつつ、大岩の光る箇所へつるはしを振るう。


 ポコッ、ポコッ、ポコッ!……


○クリスタル 2


「へえ、クリスタルか。そんなん出るんだな」


 それからしばらく掘っていくとまた光る箇所を発見し、掘っては発見、掘っては発見ということが繰り返された。



○銀:0.3


○銅 4


○魔石 3


○思考石 1


○古代魔獣の化石 4



 うん、けっこう出てくる。


 野生の大地を掘るっていうのはこういうことだよな。


 まあ、これまで生まれも育ちも帝都だった俺には、土魔法を覚えても採掘に従事する機会には巡り遭わなかったのだけれど、『そこは初めてでもうまくいくんじゃねーかな』とは思っていたんだ。


 というのも土魔法ってのは、古くは鉱山などの採掘で発達し、その技術が土木・建築でも転用されるようになったという歴史がある。


 じゃあ逆に土魔法課の宮廷魔術士だった俺がその技術を採掘に転用してもうまく適応できるんじゃねーかって思ったというワケ。


 まあ、このあたりにはバラバラに少しずつの鉱物が見つかるだけだけれどな。


 なにせバイローム地方は広大なる魔境の地だ。


 別の場所にはゴッソリ鉱物のかたまっている場所があるかもしれない。


 ポコッ、ポコッ、ポコ……


 それから、ハゲ散らかっているものの、このあたりにも草や木が少々は生えている。


 こうした植物系の素材も【黄金のつるはし】を打ちおろせば簡単に回収が可能である。


 草は雑草ばかりであったが、木が十本ほどあり『木材』が回収できたのはありがたかった。


「ふう……。とりあえずこんなもんかな」


 こうして、だいたい100歩×100歩くらいの範囲のすべての岩を回収してしまう。


 石材に至っては7276に達した。


 最後に、地形が凹凸すぎるので、土を掘って平らにしていく。


 ポコッ、ポコッ、ポコ……


 こうして。


 俺の前にはグラウンドのようにまっさらに整地された100歩×100歩の平地ができあがったのだった。

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