第7話 モニタールーム
お腹すいたなぁ。
「……」
ヨシコは目を覚ました。
顔を上げると、目の前には大量のモニターが並んでいた。
(……ああ、そうだった)
なぜこのモニターだらけの部屋にいるのか、ヨシコは一つ一つ思い出していく。
(かくれんぼをしている良子ちゃんをさがしに穴の中に入ったら、人造人間たちがいて)
ぺろり。
(お腹いっぱいになって地下の奥まで下りていったら、変なドームを見つけて……)
そのドームの中を映したモニター室があって、
(様子を見てたら、飽きて寝たんだった)
布団代わりに着ていた白衣が温かい。それだけではない。仮眠室まである。立派なベッドも毛布もある。やはりここは研究室と深い関わりがあるようだ。研究員のタカハシも言っていた。人造人間たちはここで開発され、研究室の地下に人造人間たちが暮らしていた町があると。
(あのお姉さんの言ってたこと、本当なんだ)
モニターを見れば、ドームの中が町になっていることが確認できる。そして、その町に今いるのは人造人間ではない。
(人間がいる)
人造人間たちは人間を傷つけはしたが、殺しはしなかった。捕まえていた。
(捕まった人たちは、みんなこのドームの中にいる。……もしかして)
ヨシコに一つの希望が生まれる。
(お姉さんも、ここにいるんじゃ……)
――ドームの中で銃声が鳴った。
「っ」
ヨシコが目を見開く。モニターに、その理由がはっきりと映っていた。ヨシコはじっとモニターを見る。そこには、人間の死体と、その人間の命を奪った人造人間たちが立っていた。
「逃走者は殺す。わかったら引け」
ドームから逃げようとした人々が後ずさった。
「それでいい」
人造人間たちは銃を下ろし、人間たちに言った。
「人間たちよ、お願いだ。殺させないでくれ」
「我々は」
「君たちを守りたいだけなんだ」
「What the fuck!! ぬぁーーーーにが守りたいだ!! こんちくしょうめが!! この×××××!! の、××××××!! ×××××××!!!」
「日本語がめちゃくちゃだぞ。ケビン」
カヤマが人造人間に襲われたであろう部下たちを見た。
「無事か? 怪我は?」
「おれたちは平気です。ただ……」
「仲間が数名やられました……!」
「畜生……!」
「……そうか」
「カヤマ!」
ケビンがテーブルを叩き、勢いのまま立ち上がる。
「今すぐに人造人間たちを破壊するべきだ!」
「武器を取られていて何をどうしろと?」
「取り返すところからやればっ」
「これ以上怪我人を増やしてどうする。今は様子を見るべきだと、大佐も言っていた」
カヤマが部下たちを見た。
「命令に背くからこうなるんだ。お前たちもこれ以上おれの指示なしで動くな」
「……すいません……! 隊長……!」
「でも、いつまでもこうしてられません!」
「仇を取らせてください!」
「お前たちはまず、その怪我をどうにかしろ」
「チッ! 日本人のそういうところだ! おれは行くぜ!」
ケビンが大股で歩き出した。
「おれはアメリカ軍だ! 日本軍には協力しているだけで、命令を聞く必要はない!」
「おい、ケビン」
「いつまでもこうしてられないだろ。いいか。カヤマ、行動を起こす者が勝利をもたらすんだ」
「ケビン」
カヤマがじっとケビンを見つめ、静かに、――彼に言った。
「頼むよ」
「……」
冷静なカヤマの一言に、ケビンが壁を殴り、大きなため息を吐いた。
「……おれを止めたところで一般人は黙ってねえぞ。みんな、このドームから出たがって、今にも逃げ出しそうだ」
「その度に人が死んでる。見張りの人造人間たちに襲われて」
「あいつら、いかれてやがる」
「そもそもわからないのは、あいつらが言ってることだ」
我々は、君たち人間たちを、守りたいだけなんだ。
「あいつらはどうやら、『人間を守る』という目的を持っているらしい。だったら、なぜここにおれたちを閉じ込める必要がある?」
「もう一つ気になることがある。捕まった人間がこのドームの中に隔離されていることは確認したが、人造人間の開発グループの奴らや、レスキュー社の関係者がいない」
「ああ。怪しいのは……」
カヤマが窓を見た。
「ドームの天井まで繋がってる、あの塔だ」
ドームの上まで続いている不気味で巨大な塔が、街の中心にどっしりと佇んでいる。ケビンが舌打ちをした。
「塔に入ろうとしても、壁が邪魔で入ることが出来ない。……仮に壁をよじ登って入れたとしても」
壁の向こうに着地した時点で、見張りの人造人間たちに銃で撃たれて南無阿弥陀仏。
「あいつら、容赦なく撃ってくるってさ。だろ?」
殺された仲間を見た生き残りの軍人が、深く頷いた。ケビンがカヤマに振り返った。
「もう何人も殺されてる。カヤマ、行くべき目的地はわかってるんだ。あとは行動するだけだ。このまま黙ってじっとして、何もしないなんておれはごめんだぞ」
「だとしても、下手に動くべきではないことだってわかるだろ。タイミングは大事だ。あの塔に行ったところで、何が待ち受けているかもわからない」
「まあ、たしかに変なおじさんはいたよ。すっごく気持ち悪かった」
その場にいた全員の目が、カヤマの隣りにいたヨシコに向けられた。
「あとね、人造人間を作ってるおねーさんもいたよ。あたしね」
ヨシコが微笑んだ。
「良子ちゃんとお友達になったんだよ! えへへ!」
カヤマの目がカッ!! と見開かれ、たくましい両手でヨシコの肩をガシッ!! と強く掴んだ。
「ヨシコ!!?」
「ちっすちっす」
「なぜここにいる!!??」
「うっすうっす」
「お前っ……!」
カヤマが大きく深呼吸をし、まっすぐヨシコを見下ろした。
「……無事でよかった」
「……うん。お兄さんも怪我がなくてよかった」
ヨシコが笑顔でカヤマに抱きついた。
「また会えて嬉しい」
「……ああ、おれもだ」
カヤマも優しくヨシコの背中を撫で、血だらけの白衣を見た。
「血だらけだな」
「大丈夫。あたし、怪我してないよ。ほら」
「手首に痕があるな。どうしたんだ?」
「変なおじさんに縛られたの」
「変なおじさんってなんだ?」
ケビンが横から割り込み、ヨシコを見た。
「それともう一つ気になる。人造人間を作ってるおねーさん、って、だれのことだ?」
ケビンが眉をひそませる。
「お嬢ちゃん、どっから来たんだ?」
「上から下りてきたの」
上、という言葉に、カヤマが思わず聞き返した。
「上だと?」
「うん!」
ヨシコは素直にうなずく。
「あの塔ね、モニタールームになってて、この街の様子とか見れるようになってるんだよ! すっごいよね!」
「……人造人間には見つからなかったのか?」
――ヨシコが笑みを浮かべた。
「うん。大丈夫だったよ」
ヨシコの唇は、顎は、首は、着ている服は、赤い液体で染まっている。
「……そうか」
カヤマも、この場にいた全員が思った。この少女は、きっと恐ろしい思いをしてここまで来たに違いないと。でないと、ここまで返り血まみれにはならないだろう。何が起きたか想像もできないが、命がけであの塔から下りてきたのであろうことは予想ができた。カヤマは女性の軍兵に顔を向けた。
「悪いが、この子の血を拭いてやってくれ」
「ええ。もちろんです」
「ヨシコ、聞きたいことがある。嫌だと思うが、……何があったかおれたちに教えてくれないか?」
「あ、全然いいよ。もちもち。もう変なおじさんに絡まれて大変だったの。あたし、すごく怖かったの。お兄さんが助けに来てくれないかなって待ってたんだよ?」
「それは……悪かったな」
「ううん。もういいの。お兄さんに会えたから!」
「……体を洗ってこい」
「はーい!」
カヤマに背中を押されたヨシコが、女性の軍兵に向かって歩き出した。
(*'ω'*)
「……つまり」
ヨシコから話を聞いたカヤマが確認した。
「この事件を止められるのは、その『女王』というわけか」
「良子ちゃんだよ!」
新しい羽織を着られて、ふかふかのソファーに座れて、ご機嫌のヨシコは笑顔で話す。
「あたしたちね、かくれんぼして遊んでたんだけど、……まだ見つけられてないの」
「なるほど。……逃げられたのか」
「要するに、その良子っていう人造人間を捕まえればいいって話だ!」
ケビンが笑顔で立ち上がり、軍兵たちに向かって大声を上げた。
「こうなったら、大人数で殴り込もうぜ!」
「おれは行くぞ!」
「わたしも行きます!」
「自分も行きます!」
「カヤマ! 今なら行けるかもしれないぞ! ヨシコがここまで来れたってことは、見張りがいないのかもしれない!」
「それはわからない。ヨシコが来てからだいぶ時間が過ぎている。今、塔に行っても新たな見張りがいるかもしれない」
「この頭でっかち!」
「それにしてもヨシコ、よく人造人間に見つからず無傷でここまで来れたな」
カヤマがヨシコに薄い笑みを浮かべた。
「怖かっただろ」
「大丈夫だよ。だってあたし、食」
ヨシコ!!!!!!!!!!
――ヨシコが顔を青ざめさせ、黙り、目をそらした。
「……なんか、爆発したの!」
「……? 爆発?」
「うん」
「? ……爆発したのか?」
「うん」
「……そうか。奴らは、……爆発するのか」
なにかエラーが起きて、体が爆発し、燃えて動かなくなったところを、ヨシコが通ったのかもしれない。そう思えば、つじつまがあう。
「頑張ったな」
笑いかけるカヤマにヨシコが無理やり笑みを浮かべ、……やはり、目をそらし、口をつぐみ――過去のことを思い出す。だから、ヨシコはもっと口を閉ざす。
(……。……。……)
その時、ヨシコにとっては良きタイミングとも言えるのだろうか。――ドアが、叩かれた。
「……」
開けようとした軍兵をケビンが腕を前に出して止めた。違和感のある気配に、カヤマも声をひそませ、言った。
「全員、その場で待機」
「国の英雄のみなさま」
ドアの向こうで、人工的に作られた声が聞こえる。
「我々は、今、そちらにいらっしゃる『好子』さまに、大切な用がございます」
「つきましては、好子さま、塔までご同行をお願いします」
ヨシコはきょとんとして、素直に立ち上がった。しかし、その手をカヤマに掴まれ止められた。小さな声で囁かれる。
「行くな」
「え? なして?」
「いいから」
「でも」
「緊急のため、10秒以内に出てきてください」
「好子さまに大切な用事がございます」
「出てこなければ」
「この建物を襲います」
「数えます」
「お兄さん、急いでるって」
「何かおかしい」
カヤマがドアを睨んだ。
「どうしてお前がここにいることがわかっているんだ」
――二つの目玉が見ている。モニターには、カヤマのそばにいるヨシコが映っている。
「10」
「9」
「ああ、神なんてクソ喰らえ。畜生。カヤマ、どうするんだ」
「武器はありません」
「その子を渡すしか……」
「8」
「それは駄目だ。奴ら、なにか企んでるようだ」
「7」
「だけど、隊長、このままじゃ……!」
「武器がないなら奪えばいい」
「6」
「お前たち、訓練を忘れてないだろうな? 思い出せ。散々やっただろ」
「5」
「ヨシコ」
カヤマがヨシコに顔を向けた。
「なぜ奴らがお前を呼んでいるのかは知らんが」
「4」
「お前はおれが守る」
カヤマが笑みを浮かべた。
「3」
「兄さんに全部任せておけ」
「2」
「うん。……わかった」
「1」
「お兄さん」
ヨシコが嬉しそうに笑った。
「大好きだよ」
「時間だ」
「撃て」
人造人間たちは、躊躇なくマシンガンを構え、ドアに向かって発砲した。ドアが穴だらけになり、釘が外れ、破壊され、ドアが前に倒れた。人造人間たちが各々口を開けた。
「各自、好子をさがせ!」
「邪魔をする人間は、殺して構わない!」
「侵入開始!」
人造人間が家の中に入った瞬間――横からケビンの蹴りが入った。一体の人造人間が蹴り飛ばされ、ケビンが銃を拾った。
「ライフルゲット!」
弾は充分。
「おらよ!」
銃で人造人間の頭を殴り、一体、また一体と倒れていく。人造人間がケビンに向かって銃を向けた。しかし、銃を拾った軍兵がその人造人間を撃った。また銃が落ち、また拾い、兵士たちが人造人間に抵抗を見せた。
「拾え! 拾え! どんどん拾え!」
ケビンが二階に登り、狙いを定めて人造人間を撃っていく。
「あまり人間さまをなめるなよ! カッカッカッ!!」
「ケビン・ロッキング。我々をなめないでもらいたい」
「こんなことだろうと計算済み」
「降参です」
人造人間たちが両手を上げた。
「ここに好子さまがいないのなら」
「戦う理由はございません」
「以上でございます」
その一言に、眉をひそめたケビンが黙り――はっとした。
「おいおい、冗談じゃねえぞ! くそ!! たかだかAIのくせに!!」
ケビンが人造人間に銃を構えながら怒鳴った。
「誰でもいい! 二人の応戦に行け!! 本当のでけーのはそっちに向かってる!」
全員がそこで気づいた。
「罠だ!!」
ケビンが人造人間を睨んだ。
「おびき寄せられたんだ! 誰でもいい! カヤマを追え!!」
「追わせないために派遣されたのが我々でございます」
人造人間たちはゆっくりと起き上がり、素手のままケビンたちを見つめた。
「時間稼ぎ」
「それが」
「女王さまのご命令」
「……予想はしていたが」
カヤマが背中でヨシコを隠し、自分たちを囲む人造人間たちを睨んだ。
「ここまでするほど大事な用なのか」
どうしてこんなにも大量の人造人間が自分たちを囲んでいるというのだ。そして、ヨシコがいるせいか、一切危害を加えてこようという気配がない。
「ヨシコ。何か悪いことでもしたのか?」
「あたし、なにもしてないよ! お兄さん!」
「そうか。良い子だ」
(……にしても、さあ、どうする? 逃げ場はない)
カヤマは考える。武器もない。味方もいない。だがここで捕まるわけにはいかない。なんとしてでも、ヨシコを人造人間たちから逃がさなければいけない。さあ、どうする。
そんなときだった。
「くくくっ」
いやらしい、ぞっとするような笑い声が聞こえたのは。
「会いたかったぜ……。ヨシコォ……」
「!!」
その姿を見て、カヤマは目を丸くした。ヨシコはうげっ、と嫌そうな顔をした。
「あいつはっ……」
カヤマが思わず口に出す。
「
「おや? 嬉しいねえ」
片目が異常なまでに赤く染まったナカハラが笑みを見せている。
「おれをご存知で?」
「日本中を騒がせた犯罪者が、一体何の用だ!」
「くうううううううう!! ヨシコォオオオオ!! 見たかヨシコォオオ!! これがおれの評価だ!! おれは、日本のスターなんだぜぇ!!?」
「ヨシコ、あいつと知り合いなのか!?」
「やめてお兄さん! 知り合いとか言わないで! あのおじさん、質の悪いストーカーなの!!」
「質の悪いストーカー?」
カヤマの背中に隠れるヨシコを見て、ナカハラが唇を舐めた。
「それは違うぞ。神がおれに言ってるんだ。ヨシコに見せてやれ。その心が壊れた可愛いアリスに、最高の殺しを見せてやれと」
「……噂通りだな」
カヤマがナカハラを睨みつける。
「狂ってる……」
「ヨシコ、話をしよう。今のおれは……お前の気持ちがよくわかるんだ」
「ふげっ!?」
「『アレ』はまるで麻薬だ。喉を通せば体中に力が湧いてくる。殺意が湧く。興奮してくる……」
ナカハラは愉快そうだ。
「ヨシコ、今のおれはお前と同じ立場だ。楽しく殺し合おうじゃねえか? なあ?」
「あいつは何を言ってるんだ……?」
カヤマが一瞬ヨシコに目を向けた。
「ヨシコ、塔まで走るぞ」
「軍人さん」
その一瞬の隙を見られた。
「敵に目をそらしちゃ、いけねえよ」
カヤマが目玉を動かせば、目の前までナカハラが迫り、ナイフを振り下ろそうとしていた。間に合わない。それだけは理解できた。ナカハラがカヤマの首にめがけてナイフを振ろうと腕を動かす――のと同時のタイミングで、ヨシコがナカハラにとって、いや、全ての男にとって急所となる卑怯極まりない股間に向かって思い切り膝を当てにいった。
「っ!!!!!!!!!」
ナカハラに100HITの攻撃が当てられたため、彼は戦闘不能になった。
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
ナカハラは絶望した。脳まで響くとんでもない死にも近い言葉ではとても表せられない強烈な痛みに自然と脚が内股となり、思い切り膝を当てられた股間を手で優しく包みこみ、充血する目をヨシコに向けた。
「ヨ……ヨシコォォオオオ……! な、なななな、なんて卑怯な……!」
「うるさい! お兄さんに近づくな! 変態! 不審者!! この……変態!!」
「まさか、真剣勝負に男の急所を当ててくるとは……! さささすがががが、イカれてやがる……!!」
「イカれてるのはどっちだよ!! やっべえ! まじで言ってること意味わかんねえし、理解できねえ!!」
ヨシコは頭を抱え、不快そうに顔を歪ませ――ちらっと、カヤマを見た。
「……お兄さん、……今だけ、見逃してくれない?」
「なに?」
「こんな状況だしさ、ね? ……あの不審者追い払ったら」
ヨシコがカヤマの前に出て、ナカハラに目を向けた。
「もう絶対にしないから」
困惑の表情を浮かべるカヤマの前で、ヨシコが拳を握った。
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