ミウ


「うわぁ! はむ……むむ……」男は団扇を抱きしめた。そしてよく分からない喘ぎ声をあげる。

「この団扇は神楽坂公式のうちわだ。1500円した」ネズオは言った。

「団扇に1500円?」俺は聞く。


「あぁシュレッダーズが販売してる奴だな。あいつらこれでボロ儲けだぜ」ネズオは言う。

「シュレッダーズ……神楽坂の取り巻きか」俺は言った。


「あぁ」とネズオは言う。

「お前見てたぞ。神楽坂に告白しようとしてたよな」ネズオは急に俺に話を振る。

「えっ? あっ……」バレてたのか。足がすくんで動けなかったことも全部こいつに……


「一応俺とお前は友達だよな。だから言わせてもらう神楽坂はやめとけ。相手が悪すぎる。まさに傾国の美女だよ。神楽坂のせいで日本の少子化が前年度より52%も加速するっていうデータがある。みんな普通の女性じゃ満足出来なくなるんだ。このままだと神楽坂のお陰で50年後には日本滅亡だよ」ネズオは言った。


「ユユユユユユユユ……ユイユイユイたむ!!」神楽坂に告白した男が狂ったようにそう叫んでいる。その男をネズオは指さした。


「お前にあんなふうになって欲しくないんだ。手に届かない星にいつまでも手を伸ばし続けるのはやめろ。お前を好きになってくれる女の子と付き合え」ネズオは俺に言う。


俺は叫んでいる男を見た。ユイたむ! ユイたむ! 男は叫んでいた。俺はあんなふうにはなりたくない。だが……俺には秘めたる決意があった。


「いや、俺はこの支配を終わらせる」俺はネズオに言った。

「お前話聞いてたか? 俺は!」ネズオは俺に詰め寄る。


「神楽坂を好きにさせる。そしてあいつの好きがピークになった時点であいつを捨てる。恋心を否定される痛みをあいつにも分からせるんだ。それでこの神楽坂一強時代は終わる!」俺は言った。


「ふざけんな! バカかオメェは! 無視しろって言ってんだよ! 叶わねぇんだよ! 多くの男たちが神楽坂を好きになっては振られてきた。お前もその名もなき男の一人になるだけだ!」ネズオは俺に言う。


「いや、俺はそうはならない」俺は言った。

「俺の名前をあいつに脳みそに刻み込んでやる。朱雀樹ってな。街中で俺の名前見たときにズキッっと胸が痛むようにしてやる。人を好きになることの恐ろしさを叩き込んでやる!」俺は言った。


「イツキ……お前」ネズオはつぶやく。


「俺が神楽坂を好きにさせる!」俺は誰に言うでもなく呟いた。


「しかし、どうやって君は神楽坂を好きにさせるつもりかね」同級生のミウはそう言った。俺は昼飯を食べていた。俺はたまにオタク仲間と昼飯を食べることがよくある。リア充と常に一緒に居たら息が詰まりそうになるからだ。


正直無理をしていると思う。ただ友だち付き合いとはそんなものなのだろう。仲間外れにされたくないから、一人で昼飯食ってる奴だと思われたくないから、自分がイケてるグループの一員だと思われたいから。くだらないと思うが学校とはいわば野生のサバンナなのだ。一人でいると舐められて狩られる。DQNどものストレス発散の餌食になる。


「あぁ。まず、神楽坂に取り入るしかないな。そしてあいつの周りで活躍して存在感をアピールする。単純接触効果って知ってるか? それを使うんだ」俺は言った。


「随分雑な計画だな。しかしなんで君は神楽坂氏に復讐したいんだね?」ミウは俺に聞いてくる。ミウは女だった。小柄な。ミウは昔の明治の文豪に憧れてこんな喋り方になっている。いや、実際に明治の文豪はこんな喋り方をしたかどうか分からないが……


「だって神楽坂悪いやつじゃん。みんなのラブレターをシュレッダーで裁断したり……告白料とか言って金を徴収したり……普通じゃないよ」俺は言う。


「ふむ。ではその金を徴収されたという男子はなんと言ってるんだね」ミウは俺に言う。

「いや……満足気に喜んでたけど……」俺は言った。


「なるほど告白する対価として3万円を払うことに満足していた……と言うわけだ……これがなぜ悪なのか……ボクに教えてもらってもいいかね?」ミウは俺にそう言った。


「いや、ミウさん正しいっすよ。これ、しうらみですよ。しうらみ」ナオヤはそう言った。

「私怨な。しえん。言葉は正しく使い給え。ナオヤくん。で、イツキくん。ボクの質問に答えてもらってないが……」ミウは俺を真っ直ぐに見据えて言う。


「なぜ……悪なのか……あの……」俺は答えられない。確かにミウの言うとおりかも知れない。いわゆる告白をした男性が満足している。じゃあ俺はなんであいつが悪者だと言ってるんだ?


「む……答えられないか。ま、これくらいでやめておこうか。ボクに死者をムチで打つ趣味はないからね」と言いながらミウはお弁当をパクつく。


ミウはいわゆる理論派だ。論理的と言うのかな。友達の贔屓目を抜きにしても非常に頭がいいと思う。ただ当意即妙な会話が出来るタイプではなく、非常にゆっくりと一歩づつ石橋を叩くように会話をするタイプだった。


ここはいわゆる幽霊部だった。正確にはそんな部活動はないが、天体観測部の部員が部活動に来なくなってこの部室を勝手に使わせてもらってる。これバレたら停学になるかも知れない。そうなったらそうなった時だ。ビビってても仕方ない。俺は思った。


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