屋上から

俺たちは屋上に来ていた。


「気持ち落ち着いた? この屋上から見る景色って結構好きなんだ俺」俺は屋上からグラウンドを見下ろしながら言う。

「ありがとう。連れてきてくれて。ちょうど死にたかったんだ」男はそう言った。


「いや! 死ぬなよ……やめろよ。そういうの」俺は言う。

「神楽坂のことが好きだったのか?」俺は男に聞いた。

「あぁ。初恋だったんだよ。3年間ずっと好きだった。あっゴメン。嘘ついた。初恋はやっぱ橋本環奈だったわ」

「は? なんだよそれ! 許さないカンナ!? ま、ま俺も初恋は橋本環奈だったけど……」俺は怒る。


「でもさ格好良かったよ。お前振られたけどあんなふうに告白出来るやつなかなかいないぜ?」俺は言った。

「あぁ。ありがとう。そう言ってくれて助かるよ。でも近くで見ると神楽坂って結構ブスで声も汚くてウンコみたいな匂いがしてたからなんであんなヤツ好きになったんだろな」

男は俺にそう言って微笑みかける。いやいやなに言ってんだこいつ。それは流石に嘘だろ。いや……でもこいつが神楽坂を否定することで心の均衡を保ってるとしたら……


こいつは明らかに自分に嘘をついている。だがそれを指摘するのも野暮だろう。ここは乗っておくか。


「確かに神楽坂はブスだった。下痢便みたいな匂いしてたよな」俺はとりあえず同意する。


「は? 下痢便ってそれは言い過ぎだろ!」男は俺に突然キレてきた。

「いや、そうじゃなくて取り敢えずお前に合わせただけなんだけど」俺がフォローする。


「は? 許せねぇ! 俺に話を合わせた? いい加減しろ! 殺すぞ! 神楽坂さんに謝れ!」男は急に泣きながら俺にキレてきた。そして俺の胸ぐらを掴んでくる。は? 俺は急にキレそうになった。殺すぞ? は? なに言ってんだこいつ!


「なにが殺すぞだよ! 俺の方がお前をぶっ殺すぞ! なぁ! クズ! 下痢便くせぇのはお前だよ! 振られたばっかりのゴミの癖に俺に偉そうな口きいてんじゃねぇよ! 死ねや! あとチンコ擦った手で俺に触るな! 慰めてやってんだろうが俺が! なぁ!」俺は男の目の前で怒鳴った。


男はうなだれた。こいつ本当になんてやつだ……本当にこいつクズだな。慰めてやってるのに……


「全然慰めてる人の台詞じゃないじゃん」男はうなだれたように言う。

「男同士はこれが愛情表現なんだよ。で、話を聞くよ」俺は言った。


「3年間ずっと神楽坂のことを好きだった。本気だったんだ」男は言う。


俺は過去のことを思い出した。俺も神楽坂のことが好きだったんだ。だが俺は更生施設に入り神楽坂を克服した。

「それは……辛いな……気持ち分かるよ」俺は言った。


「ありがとう。そう言ってくれて」男は泣きそうになってる。

「でも、神楽坂を好きになって良かったよ。朝起きるだけで俺、神楽坂と同じ高校に行ってる。そう想うだけで嬉しくて、楽しくて、幸せだった。片思いだったけど……幸せだったよ」男は言う。


「片思いか……片思いなんて俺から言わせると愛情の搾取だよ。一方的に恋愛感情を奪われる。苦しいだけだよ。金も愛情も搾取されて……相手を憎めないなんて……ある意味お前スゲェよ」俺は笑いながら言う。


「憎いよ。殺したいくらい」男は言う。

「え?」俺は聞いた。

「憎いに決まってんだろ! あの性悪女! でもそれでも好きなんだよ!」男は興奮気味に言う。


「あっ……そうだな。落ち着けって」俺はたしなめるように言う。


「うおおおおおお!!! 神楽坂ぁ! 大好きだぁ!!!」屋上から叫んだ。俺はビクッとする。

「ユイちゃん! ユイたむ! ユイユイ! ユイたそ! チュッチュッしたかったよぉーー」男は屋上からそう叫ぶ。なに言ってんだこいつ。


「神楽坂急性期症状だな」いつの間にかネズオが俺のそばまで来ていた。

「ネズオ……神楽坂きゅ……なんだって」俺は聞く。


「今まで脳内で神楽坂と付き合えるかもと思って精神の均衡を保っていた。だが振られたことにより急速に離脱症状が現れ……」ネズオは言う。

「かぐちゃん! かぐにゃん! かぐっこ! だいしゅき!」男はおかしくなったように叫んだ。


「こうなってしまう。これが神楽坂急性期症状だな」ネズオは言う。


「急性期症状?」俺はネズオに聞いた。

「あぁ。神楽坂に振られるとまるで小さな子供が親に捨てられた時のようなショックを受ける。だから神楽坂はこうも言われている。ビックマザーと……」ネズオは言った。

「ビックマザー……」俺はゴクリとつばを飲み込む。


「あぁ全ての生物は神楽坂から生まれて神楽坂に帰っていく。言わば俺たちも神楽坂から産まれた子供なんだよ」ネズオは言う。

「そうか……神楽坂は俺たちのママだったんだな」俺は理解した。ネズオはうなずく。言ったのはオレだが一体なんなんだ。この会話は。



「しっかし、この叫んでいる男をなんとかしないとな。これで応急処置を……」

ネズオはそう言って団扇を取り出した。それはアイドルの応援うちわのようだった。うちわの文字はゆいたむ! と書かれていた。ネズオはその団扇を叫んでいる男に渡した。すると! その効果はてきめんだった。

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