第35話 聖地の聖女マリカ 

 『薔薇伝』のゲームは基本、光の神側の勝利で終わることになっている。最後は荒れ果てた国々を立て直そうといったエピローグで終わる。

 大きな戦いだったけれど光の神側が勝ち明日への希望を胸に立ち上がる。

「だけど。まさか、セレクが……」

「リルア王女様。どうされたのですか?」

 フリーニャが心配そうに尋ねてきた。

「いいえ。何でもないの」

 そうして、フォルティスお兄様まで変わられた。

「マリカは素晴らしい」

「まあ、フォルティス様ったら」

 聖女マリカとお兄様はまるで恋人同士のようなやり取りをするようになっていた。

「お兄様。人前であまりそういったことは……」

 私がお兄様を窘めるようにすると、

「まあ、リルア王女様ったら焼きもちを焼くなんて子どもみたいですわね」

「まだまだ子どもで困るよ。はははは」

 フォルティスお兄様が別人のように話し、更に私ではなくマリカの肩を持つような発言までされた。

「お兄様。……そんな」

 呆然とする私を置いてお兄様はマリカ達の集団と一緒に行動をするようになった。ルドガーと名乗る聖地のエルフ族の神官を中心にセレク、マリカ、それにお兄様。

 お父様達もそれを咎めようとしない。

「お父様。お兄様があのようなことを」

 マリカの言う通りに贅沢なドレスやアクセサリーを買い与えるようにまでなっていた。

「いいではないか。聖女様の望みを叶えて差し上げないと」

「お父様……」

「そうよ。リルア。聖女様の言う通りに」

「お母様まで……」

 王宮に参内する貴族も無条件で聖女を讃えている。

「聖女様! 奇跡の技をお見せください!」

 そんなふうに言われて聖女マリカは光の癒しの技を披露していた。

 周囲で湧き上がる賛美の言葉。

「素晴らしい。流石聖地の聖女様。光の神が宿られたようだ」

「聖女マリカ様を讃える歌を捧げましょう」

 そうしてセレクが小さな竪琴を奏で始めた。周囲の者達は陶酔した表情で聞き入っている。

 ――あんなの光の魔術の初級じゃないの。私だってできるわ。

「おかしいですね。フォルティス王子様のあの様子……」

 そう思ってくれるのはアナベルとフリーニャ、バルド、それに私。

「おかしいと思ってくれる人がいるだけで……、私だけかと思っていたから」

「それに他の方々も。聖地の神官の言うがままになっているなんて、流石にどうかと」

 聖地は光の神が降臨されるという。エルフが聖地へと移住したのもモンスターの沸き出る汚れたこの西の大陸を捨てたためだと言われている。

 これは『薔薇伝』の公式設定にはなかった。だからエルフが西の大陸に足を運ぶことは少ない。

「それにしても、セレクとやらの歌はそんなに上手いとは思えませんね。私は武人だったからでしょうか。やや耳障りで……」

 フリーニャが恥ずかしそうに話す。

「耳障り?」

 心地よい調べにしか聞こえない。アナベルも私と一緒だろう。セレクの歌に身体を揺らせてリズムまで取っている。

「はい。何だか、羽虫のような音が混じっているような感じで、こう、ざわざわします」

 そう言ってフリーニャの周囲に羽虫が飛んでいるかのように目線を送っていた。

 ……セレクが何かの呪歌を歌っているとか? だけど私にはそれを解読する手立ては無かった。そう思って溜息をつきそうになった。そこに、アナベルが、

「そうそう、リルア様。良い物が届いていましたよ」

 そう言って差し出してきたのは流麗な文字で書かれた手紙だった。

「アラス様のお手紙!」

 私は喜んでそれを受け取ると自室へと急いだ。

 新しい魔道船のこと? あれは何処まで計画は進んでいるのかしらね。

 動力や船の形について手紙にしたためたことがある。

 というか毎回そのことがメインだった。


 アラス様の手紙にはフォルティスお兄様の式典に参加できなかったお詫びの言葉が綴られて、その後に書かれてたのは

「アラスがエイリー・グレーネ王国へ来訪されるみたい」

「まあ、それは」

「リルア様も本格的なお嫁入の準備をなさらないといけませんからね」

 ――ちょっと待って! 私はエイリー・グレーネ王国の滅亡を阻止するために、闇の神々との最終決戦をする予定なの。だからエードラム帝国の妃になることはありえないと思う。


 アナベルにそんなことは言えないのでぐっと我慢する羽目になった。

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