第34話 吟遊詩人のセレク
私の後ろで控えているフリーニャがふと話しだした。
「そう言えば昨日はリルア様が退出された後に素晴らしい歌の披露があったとか」
「歌?」
「セレク様という吟遊詩人だそうですよ。聞きたかったですね」
――セレクっ。『薔薇伝』の主要キャラじゃないの。いつの間に?
思わず振り返って詳しく聞きたくなったがぐっと堪えた。
セレクはハーフエルフの妖艶な雰囲気な美貌のキャラで『薔薇伝』の中では女性プレイヤーからの人気をアラス様と二分していたほどだった。
「リルア様はご存知ですか?」
アナベルが不思議そうに尋ねてきた。
「いいえ」
何気ない様子で答えた。
そして内心の動揺を隠そうと周囲の様子を覗った。するとあのマドラが大人しく見送りに立っていたのを見つけた。いつもなら私を見れば駆け寄って来て嫌味の一つもいうところなのに微動だにせず、無表情なままだった。
バルドもお兄様側で控えているがそんなマドラに怪訝そうな表情をしていた。
――何かが違っている。お兄様だって。
「それでは皆様、長旅お気を付けてお帰りください」
お父様が仰ると粛々人々は帰途についた。――だけど、
「うふふ。私達はここでまだ滞在してもいいんだよね!」
ピンクの塊……、いえ、聖地の聖女様、『薔薇伝』ではマリカという名だった。彼女だけがそんなふうにはしゃいだ声をあげていて、そこだけが静寂の中で浮いていた。そんな聖女の横には神官服を着たエルフがいてその後ろには――。
「そうですよ。古き光のエイリー・グレーネ王国でまだ……」
ふとそこで神官のエルフと目が合ってしまったので何気ない様子で視線を外してみせた。
――何が起こっているの? お兄様やマドラはどうしてあのようなことに? そして、セレクは……。
フォルティスお兄様はいつもなら私を見ると微笑んでくれるはずが虚空を眺めていた。そして、聖女のマリカはフォルティスお兄様の腕にしな垂れかかっていた。
でも誰もそれを咎めようとしない。
「フォルティス様ぁ。うふふ。間近に見ても素敵な王子様ね。私の物よ! 私の側に居てもらうわ。いいでしょ?」
「仕方がありませんね」
私の視線でお兄様と聖女のおかしい様子にアナベルが驚いた様子だったので私は落ち着くように手で押さえるとアナベルもそれに気がついてくれたようだった。
「なんということを人前であのような。はしたない……」
アナベルが私とフリーニャだけに聞こえるくらいで囁いた。
私は黙って見送る人々の間に隠れていた。そして聖地エルフの神官の後ろにいるセレクを観察した。
設定どおり、砂色の長い髪、潤んだような緑の瞳。エルフの末裔というのにぴったりな姿形。
彼は吟遊詩人という役割の通り歌がメインなため短剣、ムチ、楽器という彼独自の武器が多かった。
今は小さい竪琴のような楽器を持っていて、ひそやかな調べを奏でていた。
人々が立ち去って疎らになるまでその調べは流されていた。
セレクと話してみたいが聖女のマリカに邪魔をされることが多く気のせいかとおもっていたけれど、お兄様の部屋に入ろうとして彼女が神官と話しているところを聞いてしまった。
幸いなことに向うは気がついていないと思う。
「はぁぁ。あの王女。私より綺麗で可愛いなんて気に入らないわ。どうにかしてならないの? 今じゃ、あの女セレクに話しかけようと必死じゃない。セレクだって私の物なんだからね!」
「はいはい。聖女様。あなたの邪魔はしませんよ。我々の計画に従ってもらえればね」
――どういうことなの? 『薔薇伝』にはそんな展開は無かったよね。
頭に過ったのは、聖地は闇に堕ちたという一文。
まさか、最悪のルートになっているとか?
『薔薇伝』のエンディングに至るまでにいくつかの分岐点とルートがあった。エンディングはボスキャラを倒すかどうか、破れたらバッドエンド。倒すのが普通のエンドだけどそれプラス友情エンドとか放浪の旅エンドとかいろいろあった。
その中にある闇の神が勝者側になるエンドにその一文があった。
それが聖地は闇に堕ちたという一文。
光の神の本拠地ともいえる聖地が闇の神に堕ちるのだ。
でも、それは大分進んでからだった。こんな、まだゲームが始まってさえもいないときなのに。
私が部屋に入ろうとしないのでフリーニャが不審そうに尋ねてきた。
「リルア様?」
「気分が良くないのでまたにします。帰りましょう。フリーニャ」
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