第28話 アラス様との約束

「リルア!」 

 最後に聞こえたのはアラス様の声。

 全てが暗闇に沈んだ。

 気がつくとふわふわした光の中で浮かんでいた。

 誰も何もない所で、ずっと一人で、寂しくなって、誰かいないかと探し始めた。それでも音もなく。

 やがて諦めそうになった頃、

『リルア。戻ってこい……』

『リルア』

『リルア様』

 そんな声のかけらが落ちてきた。

 ――そうだ。フェンリルのあと、どうなったのだろう?

 柔らかな寝具の感触を体に感じて瞼を開けると見慣れた部屋の天井が見えて周囲の明るさに目がついていかず痛みを感じた。

「ここは……」

「気がついたのか?」

「どうして、アラス様が私の部屋に……」

 女性の寝ている部屋に男性がなんて、あ、でも婚約者でした。

 心配そうに覗き込んでいます。

 私が目覚めるとアナベルは大泣きして喜び、お兄様達を呼びに出て行きました。

「いろいろと話したいが、先ずは神官に診てもらわないといけない」

 そう言うとアラス様は微笑まれていた。

「一週間も意識は戻らなかったからこれ以上は意識が戻らないのではと心配した」

「まさか、アラス様がずっといらっしゃったのですか?」

「もちろんだ。他の者に任せられない」

 どうやらあの樹海の戦いの後、私は意識がなかったみたい。

 その間、アラス様がつきっきりで看病していたらしく、とても申し訳なかった。

 そして、皆は無事で傷も癒されて問題はないそうだった。

 アラス様が私に訊ねたそうに呟いていた。

「あの光で傷がみるみる塞がっていった。あれは一体……」

 そのとき神官や、フォルティスお兄様、公務を後回しにしてやって来たお父様達が来て大騒ぎになった。

 医術の心得のある神官が呼ばれ私の身体検査をしてもらう。

 お母様達も心配して診察の様子を見ていらした。

 何せ全ての魔力を放出したので二度と目を覚まさないかもしれないとまで言われていたそうだった。

「あんな凄い癒しの光を使えるなんて、凄いな。リルアは」

「フォルティスお兄様ほどじゃあありませんわ」

 ――まだ、フォルティスお兄様は光の魔術の禁呪はご存じないのね。

「良くなるまでリルアは十分に休養をとらないといけない」

「それに輿入れまでに何かあったら心配ですわ」

 お父様やお母様が口々に私に話しかけた

 それからアラス様の方を見遣った。

「本当にアラス殿下にはリルアやフォルティスの命を救っていただき誠にありがとうございました」

「いえ、こちらの方こそ、リルア王女の助力と癒しの力がないと私も死んでいたでしょう」

「それでも、あなたがいないとフェンリルを退けることなどできなかった」

 お父様が改めてお礼を言うと私も横になったまま肯いた。

 アラス様が最後まで戦ってくれたから、それにフリーニャが……。

 アラス様は満足そうに肯かれていた。そして、

「そうそう、とても勇猛果敢な女性がいたな」

 私がその言葉にフリーニャのことを思い出した。

「ええ、フリーニャさんです。彼女はどちらに? 私が雇う約束をしましたの。女性の護衛騎士が私には必要です。彼女はアマゾナスで将軍までされていた方なのよ」

 そう言うとお父様は少し渋い顔をなさった。

「しかし、本当にあのアマゾナス国の将軍であったのか? その地位にいたのに追放されるのは果たして信用できるのだろうか。今暫くは騎士団預かりにして護衛が務まるように訓練してからだ」

「分かりました。なるべく早く私の護衛騎士となるようお願いいたします」

 ――フリーニャを雇えるなんて嬉しい。

『薔薇伝』のゲームではずっとフリーニャでプレイしていたからとても他人のように思えない。とても楽しみだわ。

「それにしてもアラス様はこんなに長く他国にいらしても大丈夫なのですか?」

「まあ、まだ皇子だから自由は利く。それにもうそろそろ帰ろうとは思っていたところだ」

「そうなのですか。それならもう私はこうして目覚めましたので安心してくださいな」

「まあもう少しそなたの様子を見てから帰ろうと思う」

「さあ、皆様、目覚めたばかりの王女様にはまだ休養が必要です」

 神官に言われて名残惜し気に皆は部屋から出ていった。

 その後も数日は寝たきりの私にアラス様は毎日様子を見に訪れてくれた。そんなある日、

「随分元気になってきたようだな。少しだけ帰国する前にそなたと直接話をしたかったのだ」

「はい。何でしょうか?」

「そなたは一体何者なのだ?」

「……」

「あの場にいたものはまだ気がついていないようだが、そなたが使ったのは光の魔術の癒しの光ではない。もっと上の術だ。それにその上級の呪文を使った負荷のせいでそなたの身体はもう魔術を使えないほど壊れてしまったと推測される。無茶をして……、悪ければ命を落としていたかもしれないのだぞ。大変なことをしでかしたものだ」

「……あれは何かと申し上げることはいずれ私の身の上のことと合わせてお話できる日が来るかもしれません。それとあのときのことを無茶とは思っていませんわ」

 アラス様は私の言葉にかなり不服そうだった。

 だけどアラス様が再び言い出す前に私は続けた。

「私の命よりエードラム帝国の皇帝になるアラス様の方がより多くの人を救えます。フォルティスお兄様だって、フリーニャだって私より。それにアラス様、あなたがいないと世界の滅亡は止められないのです。それを私は知っているだけ」

「世界の破滅……」

 私は自分のしたことに後悔はしていなかった。

 だからアラス様を真っ直ぐ見据えるとお互い暫く見つめ合っていた。

 傍から見るとまるで恋人同士のように見えるかもしれない。

 だけど私達はお互いの本意はどこにあるのかと見抜こうとしていた。

 ――エードラム帝国、アラス様が闇の神の陣営側につかれるとエイリー・グレーネの滅亡どころの話ではない。だから……、

「……そなたがもう少し良くなれば無理にでも帝国に連れていくのだが」

「は?」

 ――どういうことですか? 魔術が使えなくなった虚弱王女なので、正直かなり遠いエードラム帝国までたどり着けるかどうか分かりません

「あの、私は魔術も使えなくなりました。何もできないので、その、婚約の話は白紙にとかにしないのでしょうか?」

「……魔術のことはまだそなたも若い。何かの治療法が見つかるやもしれぬ。だが、婚約を白紙ということは二度と口にするな。もし今度そのことを言ったならば有無を言わさずそなたを我が国へ連れて去って婚儀を行うことにするぞ」

 何故か最後はちょっぴり怖い声で言われてしまいました。

「そんなの冗談に決まっていますわよね? エードラム帝国の皇帝になられる方が……、ありえませんよ」

「何故ありえぬのだ。そなたと私は既に両国が認める婚約者だぞ」

「ま、まだ私は十三歳です。まだ早すぎます」

「だが、皇妃としての教育があるいずれは帝国でのお妃教育が始まるぞ?」

「お妃……、ちょっと気分が」

 そう言ってこの話を切り上げることに成功しましたけれど崖っぷちな気がするのは何故でしょう。

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