第26話 西の樹海での死闘

 ※戦闘の残酷な表現があります。


 早朝、私達は樹海の畔へと向かった。

 西の街の騎士団の分隊が同行してくれる。

 樹海へと続く門にも常駐の警備兵がいて、樹海へ出入りする者の確認を行い、モンスターの状況をいち早く王都まで知らせる役目を担っている。

 樹海が街をそれ以上侵食しないように障壁がぐるりと張り巡らされていた。その昔、この地に降臨した光の神が創造したと言い伝えられている。

 もちろん空を飛ぶ者は遮ることはできないけれど大概のモンスターはこの障壁を超えられない。

「じゃあ、行ってくるよ」

 樹海の中にも避難場所や道もいくつか存在していて、今私がいるのは障壁の中に入ったけれどまだ樹海の入り口にある広場だった。

 私とアラス様、騎士団の数名はここで待機、お兄様とバルド達はもう少し奥まで調査に向かわれた。

 時折冒険者パーティが道を通り過ぎていく。

 私を物珍しく見る人もいたけれど側に居る騎士団の鎧を見ると軽く会釈をして進んでいった。

「今のところは普通の森よね」

「でも油断は禁物だ」

 側で控えているアラス様の言葉に私は肯いた。

 本当はお茶でも飲みながら色々とお話をしたいけれどアナベルは領主館に置いてきた。まさかこんなところでゆっくりお茶など飲もうとは思わないしね。

「それでアスラン様の魔道具などの進み具合はそうなのでしょうか?」

 ――いずれは魔道船が空を飛べるようにしていただかないと。

「ああ、それは……」

 そのときお兄様達の進んだ方からドンという音と地鳴りが響いてきた。それなりの音だった。

 そして、悲鳴のような声も交じって聞こえる。

「うわぁぁぁ。た、助けてくれ!」

 音がした方の道の奥から必死で叫びながら走ってくる人影が見えた。

 転げるようにしてやってきたのは、昨日見たハーレムパーティの青年と、そのパーティメンバー。

「どうしたのだ!」

 騎士団の一人が彼らに声を掛けると青年はよろよろとしながら近寄って来た。

「いきなりウルフ系のデカイのが出てきやがって……、あんなの見たことない。助けてくれ。怪我をしているんだ!」

 言われて見ても少し肩が避けている程度だった。血が僅かに滲んでいる。

「それでそのモンスターは? そのまま逃げてきたのか?」

「い、いいや。別の集団が来ていて、そいつらが……」

 もしかしてその集団はお兄様達の隊ではないの?

「その集団に擦りつけて逃げてきたのですね? なんて卑怯なの」

「な、何だと。俺は未来の勇者候補とも言われているのだぞ! その俺に……」

「ほう、勇者とな。初耳だな」

 アラス様が私の前に庇うように出ると青年は怯んだ。私は気になったので彼に訊ねた。

「それにあなた方のパーティには確か、他にもう一人おられませんでしたか?」

「ああ? 何でそんなことを知っているんだ? あいつなら仲間から外して、さっきのところに置いてきた。そもそもあいつは行き倒れて拾ってやったけど気が利かないし、使えねえんで、パーティのメンバーから外そうと思っていたところだった。だからあいつがモンスターにやられている間、俺らが逃げる時間を稼ぐくらいしてもらわないと。それぐらいしか取り柄がないんだからな」

「では彼女とあなたのパーティはもう何も関係ないのですね?」

「あ、ああ。それがなんだっていうんだよ。今頃もう食われているさ!」

 そのとき丁度獣の唸り声がここまで響いた。

 私はアスラン様を見上げた。

「では私は参ります」

 私は走り出そうとした。

 今の私の姿は神官の女性用の服を着ているので普段のドレス姿よりかは動きやすい。

 儀式用なのか真っ白な長衣だし、派手であちこちの裾が長いので草木の汁とかで直ぐ汚れてしまいそう。

 道はあると言っても馬車が通れるようなものではないので下生えに足を取られそうになる。

 だけどアラス様に止められてしまった。

「姫君、危険だ。領主館へ戻ろう。こういうときのことはフォルティスから頼まれている」

「そうなのですか。でも、お兄様が……。私は少し確認に向かうだけです」

 フォルティスお兄様のことが心配で待ってなどいられない。そんな私の様子をご覧になったアラス様は残っていた騎士団員に指示をした。

「では騎士団の内二人は門と駐屯地へ知らせに走れ。後はついてこい」

 アラス様の指示慣れた口調に騎士達も従Tった。

 私とアスラ様は小走りで樹海の奥へと向かった。

 暫く走った先は樹々が開けていて広場のようになっていた。

 そこには倒れ伏した騎士達と数名が辛うじてモンスターと対峙していた。

 モンスターの中にひと際大きな狼がいた。

 そして、周囲の鼻につく異臭。鉄と生臭さで気持ちが悪くなる。

「ハーティか……、厄介だな。それにフォレストウルフの群れか、どれ姫君はここで待っていろ」

 すらりとアラス様は腰の大剣、黒流剣を抜刀した。

 その音に数名の狼が警戒の唸り声を上げた。

 気負うことなくアラス様がそれらを睥睨していた。

「アスランが参ろう」

 アラス様の声にフォルティスお兄様がこちらに気がついた。

「アラス様! リルアまで……。ダメだ。危険だ! 引き返せ、ここにはまだ……」

 ゴフッと嫌な声がして、お兄様がその場に跪いた。

 口から見えたのは赤く、そして辺りに漂う血の匂い。

「嫌あぁぁ! フォルティスお兄様!」

 何度も転びかけながら私はフォルティスお兄様のところまで駆けていた。

 跪いてフォルティスお兄様を抱き起す。

「リルア、敵はハーティだけではないんだ。直ぐ引き返せ、そして領主にこのことを……」

 何度も詰まりながら話すお兄様。

「お兄様はもう喋ってはいけません。癒しの水を」

 私は急いで水の回復呪文を唱えた。

 だけど、効き目はあまり良くなかった。

 どうやら体の奥、内臓がやられているみたいだった。

 どうしたら良いのか分からず周囲を見回すと既にお兄様の近くでバルドが倒れ伏していた。

「嘘でしょう。バルドまで……。癒しの水!」

 闇雲に回復魔法を連発する。

「リルア王女!」

 アラス様の声が聞こえて我に返ると周囲を見れば騎士達も傷だらけで、私の周囲にはフォレストウルフ達が間合いを詰めて来ていた。

 間近に迫るモンスターと死の足音に私はただ茫然としていた。

 王国の滅亡の前にこんなところで……。

 こんな設定なんて無かった。

 

「はぁぁぁ!」

 気合と共に私とモンスターの間に切り込んできたのは刀を振りかざした女性がいた。次々とフォレストウルフが切り倒されていく。

 見事な一刀両断の対集団技だった。

「――大丈夫ですか?」

 そう言って私に声をかけてくれたのはあのハーレムパーティがモンスターから逃げるときの時間稼ぎのために置いて行かれた女性だった。

 彼女は油断なく私達に近寄る。

 アラス様は少し離れたところでハーティと対峙していた。

「あ、ありがとうございます」

「すぐさま逃げた方が良いのですが、恐らく……」

 彼女は周囲にけん制をしてくれている。フォレストウルフも仲間が一気に倒されたことで彼女を警戒して遠巻きになる。

 ――私は彼女を良く知っていた。

 あのとき後ろ姿でそうじゃないかと思っていたの。

 私のとっておきのキャラ。

「フリーニャ……」

「……何故、その名を?」

 驚くフリーニャに私は目を閉じて呻いているお兄様を抱き締めながら続けた。

「フリーニャ。私はあなたを探していました。あなたは私の救いとなってくれると……」

「私のことをご存じのようですね。分かりました。ここで生き延びることができれば続きのお話をいたしましょう」

「生き延びる?」

 その途端、一気に視界が暗くなった。日が陰ったというようなものではなく。

「――来る」

 フリーニャが呟くや否や空気が振動してそれが獣の唸り声だと後から思い出した。

 その先には目にもとまらぬ速さで何かがやって来たことだけが理解できた。

「ハーティはフェンリルの息子、そう、ここには彼ら親子が……」

 ぐっと呻くとフリーニャも跪いた。見ればフリーニャは肩から血を流していた。いつの間にか傷を受けていたらしい。

 フリーニャが身を挺して私達を庇ってくれたのだった。

「フェンリルですって?」

 ――それは『薔薇伝』中でも中ボスクラスじゃないの。

 どうしてこんなところにでてくるの! こんな状態で勝てる訳がない。

 もう少し戦闘できる体制でないと。

 さっきまで僅かに立って残っていた人影さえもうない。

 それはフェンリルによる一方的な蹂躙だった。

 今まで以上に死の影が濃くなるのが分かる。

 ぞくりと私の背中に寒気がした。

「危ない! リルア王女」

 アラス様の声が間近で聞こえると私に覆いかぶさるようにしてきた。私はほっとして見上げようとした――、

「アラス様……」

「ハーティは倒せたが、まさかフェンリルが出てくるとは……」

 ゆっくりと崩れ落ちるアラス様。

 そして私の首から下げていたマドラからの守護石が光を放って砕け散った。

「アラス様!」

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