第25話 西の樹海の街のギルドにて

「やあ、私のリルア王女」

「まさか、アラ……」

 階下の一室に案内されて行くと笑顔でアラス様から挨拶をされてしまった。

 バルドは気がついて礼をとる。騎士団員は戸惑いを見せたがバルドに倣った。

 アラス様が私に近寄ると悪戯っぽく微笑んだ。

「ここでは冒険者アスランだ」

 サブマスが気安げにアラス様の肩に手を置いて話しかけた。

「お前はお姫様を追っかけてきたんだよな。嘘みてえな話だ。お前がねえ。同性愛説でなかったのが残念だ。賭けていたんだがな」

「ふっ。馬鹿なことを言うな」

 いつもと変わらないアラス様の穏やかな表情を見たせいか先程までの気分の悪さは薄れてきた。

「はいはい。それでエードラム帝国の紐付きのお嬢ちゃんはお疲れだから少し休ませてやりな」

 サブマスはますますアラス様を揶揄いながら言った

 以前からの知り合いのようでお互いに気安い感じだった。

 部屋にはサブマス、私の護衛騎士達、バルド、アラス様。

「姫君、君もこいつが腹立たしい気持ちはとても分かるが、これでも現役のSSクラスの冒険者なのだ。許してやってくれ」

「アスラン様がそう仰るなら……。仕方ありませんわね。それでどうしてこちらに」

「いや、もともとこの街に訪問の予定だったが、そなたが行くと聞いて繰り上げてやってきたのだ」

「まあそうなのですか」

 モンスターの氾濫を予測されたのかしら? 

 今まで冒険者をされていたので気になるわよね。エードラム帝国の統治者としても。

「それより、そなたの具合が良くないようだな。どれ」

 そう言うとアラス様は恐れ多くも私を膝の上に抱っこされたのだった。

 アラス様は私を横抱きに乗せると顔を覗き込んできた。

 迫力のイケメン様の顔が間近にある。

『薔薇伝』でのダントツ人気のアラス様。

 艶やかな黒髪ストレートの長髪に魅入られるような紅の瞳。

 心臓が飛び出そうなほどばくばくしている。

「あの……」

「確かに、調子は悪そうだ」

「リルア様に何ということをっ……」

 バルドが私を引き剥がそうとしたけれどアラス様なので歯ぎしりをしながら押し留まった。

 サブマスがそんな様子を苦笑して見ていた。

「おいおい、あの一級冒険者のアスランともあろう者が女子どもの機嫌をとるとはな。くくくっ。面白れぇものが見られた。それにそのお姫様はどうやら気がついているみたいだぞ。気分の悪さはそのせいだろう」

「……確かに彼女なら気がつくのは当然か」

「それはどういうことなのでしょうか?」

 私の問いにアラス様はにこりと笑っただけだった。

「リルア王女のこの後の予定は?」

「ええと領主館でご挨拶をして調査隊の準備と休養を取るようになっております。明日は早朝から樹海の入り口の調査をしてお城へ戻りますわ」

 夜も調査隊は出るみたいだけど私はお留守番の予定。

 やっぱりモンスターはゲームと同じように夜行性が多く、上位種もでるので危険度が増すからついていけない。

 これも王宮の図書室で読んだ元冒険者グレイヤードの手記に書いてあった。

「じゃあ、その調査隊に私も混ぜてもらおうか。姫君の護衛は多い方がよいだろう」

「よろしいのですか? 私はとても嬉しいですけど」

 こくりと私が小首を傾げているとサブマスとバルドが何故か溜息をついていた。アナベルは無表情のままだった。

 ――何かいけなかったかしら? アラス様が来て下さると心強いでしょう。

「そう言えばアスラン様の剣技はどうなのでしょうか?」

「おお、最上位の技の会得はまだだが、剣の方は随分使い慣れてきたぞ。元々私のための剣だと思ったほどの物だ」

「まあ、流石ですわ。一度私にもお見せくださいませ」

「そうだな。仰せのままに」

「おーお、にやけた面になってやがる。お前がお姫様を膝に抱っこするとか。お前のこんな姿を見る日がくるとはなあ」

 サブマスが揶揄ってくるけれど確かに私はアラス様のお膝の上。人前でこんなの恥ずかしい。

 お兄様も上で話が終わったので私に迎えにいらっしゃった。

 そしてにこりと微笑むと私をアラス様から奪い取るように抱き上げたのだった。

 私はそう何度も抱き上げられるほど小さくないと思うのよ。

 お兄様はアラス様にも穏やかな笑みを向けた。

 何だかお兄様はやや不機嫌そうですわね。微笑み方で分かります。

「あなただろうと思っていましたけどね。リルアは具合が良くなさそうなので切り上げて領主館で休ませようと思っています」

「そうだな。それが良いだろう」

「あの、お兄様、アスラン様は明日の調査に護衛として一緒に来てくださると」

「それはわざわざのご助力、恐縮いたします」

 そうして私達は領主館へ向かい、挨拶を済ますと私は休ませてもらった。

 領主館も普通で、穏やかだが有能そうな雰囲気の壮年の男性が迎えてくれた。実質彼がこの街の取り纏め役だから無能な者では務まらない。

 ――でも、あのギルドだけ黒い靄のようなものは一体。アラス様やお兄様は気がついているのかしら。 

 部屋から見える樹海へ私は視線を送った。

 ここからだと普通の緑の樹々が見える。どこまでも緑の樹ばかりで不気味なほど静かな様子だった。

 ――モンスターの氾濫、『薔薇伝』では本格的なのはまだ先のはず。

 だって、それは私が十八歳のときになるはずだもの。まだ五年も先だから。 

 樹海から押し寄せるモンスター達の姿。

 焼け落ちるエイリー・グレーネ城。

 パチパチと弾ける炎の音まで聞こえてきそうだったあの『薔薇伝』のオープニングが脳裏に浮かぶ。

 絶対そんなことにはならない。

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