第24話 忍び寄るもの

 挨拶が終わると別室で西の街の騎士団の分隊長から最近の樹海の状況の報告を受けた。

 やはり樹海から現れるモンスターが増えているようだった。

 それはモンスターの氾濫の予兆として捉えられていた。

 暫く話をしてから駐屯地から出た。

 フォルティスお兄様から、

「この後はギルドを訪問して、領主館に行くけれど、リルアはギルドに行くのは止めて先に領主館で休むかい?」

「お兄様。よく私の体調が悪いことに気がつかれましたわね。でも何だか、思ったより疲れているみたいですわ。それでもこの西の樹海の街のギルドは我が王国の主軸ですから是非訪れたいのです」

「だけど顔色が良くないよ。無理をしてはいけない」

 騎士団の駐屯地から街の中心地にある冒険者ギルドに向かう。領主館も近くにあるそうだ。でも中心地に近づくにつれて何だか視界がおかしくなる。

 目の前が黒っぽい靄にかかったようになってしまった。

 そして目前に見える建物に纏わりつくように黒い影が見えるようになった。

 ――どうしてこんなものが見えるの? 疲れているからなの。

 でも冒険者ギルドの方はもっと酷かった。

 思わず立ち入るのを躊躇ってしまうほどだった。

 不審に思ったフォルティスお兄様が声をかけてきた。

「どうした? リルア、やっぱり休んだ方がいいんじゃないのか?」

「いいえ。大丈夫ですわ。お兄様にはご心配をおかけして申し訳ありません」

 ギルドの入り口で私達の馬車が止まったところ、何処からか罵倒する大声が聞こえてきた。

「さっさと歩け! それぐらいしか取り柄ないんだからよう」

「そうそう。役立たず! 愚図でのろま。きゃははっ」

「は、はい。すみません」

 何処かの冒険者パーティが丁度ギルドから出てきたところだった。

 ……男女数人。

 いいえ、男一人に女性複数人のハーレムパーティじゃないの。

 バランスが悪そう。

 全くどこのラノベ気分の人なのかしらね。

 それにあんな大荷物を女性一人に背負わせているなんて……。

 フードを被っているので良く分からないけれどスタイルの良い人に見える。

 西の樹海の街の冒険者ギルドの前でハーレムパーティを見つけたけれどその中の一人の女性があり得ないほどの大荷物を背中に背負っていた。

 その人の服装もボロボロで顔も全身泥まみれの酷い有様だった。

 辛うじて女性と分かるのはフードから覗いている結った長い髪とマント越しでも分かる体のラインだった。

 侮蔑の表情に罵声を浴びせながらさっさと先に行くパーティメンバーの後ろから大荷物を背負っても確かな足取りでその人はついていった。

 ――まあ、なんて酷い……。それでも通りすがりの者にパーティメンバーへ口出しはできないし。

 冒険者は危険な仕事だから本人の意思が強く尊重されるのでギルドでさえ口を挟むのは憚られるところがある。というのを元冒険者が出した手記を読んだことで知っている。


 ガラハド卿が先頭でギルドの中に入ると活気に溢れていて外で感じた暗い闇のような靄は感じられなかった。

「よお! ガラハド。子守りは大変だな」

 ずかずかと大声で男性が近寄って来た。

「やあ、サブマス。相変わらず元気そうだな。しかし、失礼なことを申すではない。不敬罪で吊るし上げるぞ」

「はいはい。上でギルマスがお待ちだぜ」

 ガラハド卿の窘めは全く堪えていないようだった。

 彼の隣を通り過ぎるとき、一際強い視線を感じた上に私にだけ分かるように呟いた。

「……へえ、王女様がねぇ。エードラムの紐付きかよ」

 ――何だか失礼な人ね。サブマスと言うことはこの西の樹海の街のギルドで二番目に偉いということじゃない。

 それも実務的なことはこの人が握っていてもおかしくないのに。

 私は不快感を表さず微笑みを浮かべながら案内された二階へとお兄様達と向かう。 

 ギルド二階にあるギルドマスターの部屋に近づくほど私が見える闇は深く濃くなっていた。

 ……何だか暗い。照明をもっとつけた方が良いくらい。

 マスターの部屋を開けるともっと酷かった。

 まるで瘴気のようなものまでギルドマスターから漏れ出しているように見えたのだった。

 私はその黒い霧のようなもので気分が一層悪くなるのをぐっと我慢していた。

 お兄様やガラハド卿は全く見えないみたいだった。

 そんなものなど無いようにギルドマスターに挨拶をしていた。

 お兄様は私の様子を覗っているので私の気分が悪いのに気がついたと思う。だけどこの瘴気のようなものまでには気がついていないようだった。

「王子様方、ようこそ我がギルドにいらっしゃいました」

 穏やかに微笑むギルマスはとても美しい容貌の人だったけれど底知れぬ不気味なものを感じた。そしてなにより瘴気と言っていいほどの黒い何かがギルマスの体から溢れだしていたのだ。

 ――見た目はエルフのように美しいのにどうして禍々しい瘴気を感じるの?

 でも、誰もそれに気がついていない。

 王国でも守護の要となる西の街の冒険者ギルドの総責任者がどうして?

 気が遠くなりそうだったけれどバタンとドアを開ける大きな音がして辛うじて意識が戻った。

 するとあの失礼だったサブマスが入ってきていた。

「よう、邪魔するぜ」

 サブマスが入ってくると部屋の闇が急速に消えていく。

 ――この人は一体どういう方なの?

「よう、そこの王女様に来客だ。連れて行くぜ」

「いくらサブマスでも自由過ぎるぞ」

 ギルマスの抗議もどこ吹く風といった様子で彼は私に近づいた。

 傍でいるお兄様とバルドが警戒する。

「あんたの安全を絶対に保障する。それに気分が良くないのだろう? 騙されたと思ってついてこい」

 私がお兄様とガラハド卿にどうしていいのか目線を送った。

「サブマスが言うのは理解できるが、確かにリルアは少し疲れてはいる。バルド、一緒について行ってくれ」

「はっ、畏まりました」

 バルドと騎士団からの護衛が付き添った。

 ギルマスの部屋を離れると気分も楽になった。そして、階下に私が呼ばれた意味が分かった。

 そこにはこんなところにいるはずのない人物がいたからだった。

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