第18話 伝説の武器

 そのときアナベルがお茶を運んできた。

 今日のおやつは焼きたての熱々アップルパイだった。

 甘い林檎とシナモンの匂いが周囲に漂う。

「さあ、リルア様。お茶のお時間ですよ」

 私は目の前の美味しい物に釣られてしまった。

 さっきまで真剣に話していたアスラン様は私がアップルパイを頬張った姿を見て肩を震わせていた。

 ――顔は平静を保っているけれど笑っているわよね。

 だって、アップルパイは出来立てが一番美味しいと思うのよ。

 熱々でさくっとしたパイ生地に甘酸っぱいリンゴのハーモニーは今でないと味わえない。

「ふうう。嬉々としてお菓子を頬張るようではまだまだ……。それに王女様は剣技より魔術を極められた方が得策と思いますよ」

 アスラン様は私に向かって微笑みながらそう言った。

 細マッチョのイケメンに微笑まれたら喉を通り損ねて、咳き込んでしまった。王女の品格を保たないと。

「ごほん。確かにアスラン様の言う通りですね。でも私だって黒流剣とまではいきませんが、伝説の武器でライトソードとかを纏わせてみたいのです」

 そうして闇の神と戦う準備を。

 今から少しでも訓練ができれば良いと思う。

「黒流剣だと? 伝説の大剣ではないか。簡単に手に入る訳ないだろう。それに上位技をそなたに披露されたら立つ瀬がない。私だってまだ会得できていないのだぞ」

 ……黒流剣って、伝説級の武器だったっけ?

 ライトソードも剣と光の魔術を取ってレベル上げすればできるはず。

 でも、そもそもステータスが見えなかった。

 だから、レベル自体もないかもしれない。

 もしかしたらここはゲームに似た世界だったとしたら……。

 私はぞくりと背中に寒気を感じた。

「それにライトソードも、あれも普通の剣を光の魔剣へと変える技だ。光の魔術を取得しても、光の使い手でなければ意味がないのだぞ。つまりは選ばれた伝説の勇者だけだ」

「……伝説の光の勇者だけ、そうなのですね」

 ――嘘でしょう。

 ということはフォルティスお兄様なら使えるということ。

 でも、ライトソードを会得しておかないと闇の神々との戦いはどうなるの?

 初級のライトボールの次に中級でできるようになるのがライトソードだったはず。

 ……何か記憶違いでもあるの?

「でも、私はライトソードを会得したいのです」

「王女様、それは……。まあ、細剣をまず持って振れるようになりましょう。それからだ」

「ええ、お願いいたします」

 スタンビートまでに備えてフォルティスお兄様の少しでも助けにならないと。



 ――正直簡単にできると思っていた。

 でも城内を歩くだけで息が上がるの。

 なんて脆弱な身体。

 か弱い設定は同じなのね。

 とにかく基礎体力をつけよう。

 仕方が無いので中庭とか早足で歩く。

 あくまで優雅に美しく。

 ドレスが重いから体力作りに丁度良いかもね。

 剣の技の習得についてはやはり体がついていけないということもあって保留になっている。

 でも、技については型を教えてもらってそれを書き留めてある。

 もう少し剣を持てるようになって自分一人でも練習できるために。


「ふううぅ。やっぱり疲れるわね」

「王女様、無理は禁物だ。少し休め」


 アスラン様が側で心配げに声をかけてくれる。

 アナベルは着替えやお茶の準備のため、代わりの侍女が側についていた。

 アスラン様の体力向上メニューの『これであなたも剣士になれる』というのをこなしている。

 そのうち細剣の模造刀も用意してくれることになっていた。

 とにかく今はリルアの公式設定である細剣の魔法剣士を目指そうと思っている。

「王女様は普通のお姫様に比べれば努力をしている。それはどうしてなのか不思議でたまらない。王女様のような身分は毎日を楽しんでいればそれで良いはずだ」

「アスラン様。そうですね。私もそう思います。でも、あなたも自分の祖国が蹂躙されるとしたら、何もせずにはいられないと思うのです」

 私はアスラン様を真っ直ぐに見返した。

 アスラン様は少し眩しそうに眼を細められた。

「私は追い出されるように祖国を出たので、そのような気持ちは分からない。……が、そういう思いは嫌いではないな」

 アスラン様がにやりと笑みを浮かべた。

 私は『薔薇伝』の公式設定しか知らない。

 ゲームでは既に彼は皇帝位に就いていた。

 ――アスラン、アラス様は第四皇子で皇帝の座に就く。

 それはどういうことでそうなったのか今の私には分からない。

 現に今は出奔してアスラン様はエードラム帝国の皇族であることを名乗っていない。それがどういうことなのかも知らない。

「アスラン様……」

 でも、いずれは皆にもエイリー・グレーネ王国の滅亡を話すつもり。

 妄想と思われても構わない。

 何もないならそれでいい。

 私の杞憂だったと笑われても、滅亡が本当になったとき今何もしないでいたことはきっと後悔すると思う。

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