第15話
十五 マドラの言いがかり
朝になるとアスラン様は平静な様子で護衛として付き従っていた。だから昨日のことはまるで夢だったように思えてきた。
あんなに簡単に部屋に侵入されるのも王宮の警備はどうなっているのかしら?
王宮は衛兵が交代で城内を守っている。でもまさか護衛が忍び込むとは想定していないよね。
でも! あのアスラン様が私専属の警護なのよ!
使うのはフリーニャだったけれど見た目の格好良さはアスラン様!
なんたって皇帝様だもの。
彼は大剣を振り回して華麗に宙を舞う姿は正しく戦神のようだった。
最後は闇の神々との聖戦に向かう姿も秀逸だった。
でも、今の彼の腰を見遣ると普通の剣を下げていた。
あれ? そう言えば伝説の黒流剣はどこに?
大剣の上位クラスでアスラン様の専用武器だったような気がする。他人が大剣のスキルを持っていても装備出来ないのよね。
なんたってその名の如く流星を呼ぶ。そして、流は竜に通じて竜を呼ぶと言われる業物。
黒流剣が繰り出す深淵への誘いとか黒竜召喚とか見てみたい!
そんなことを考えつつアスラン様を眺めていると目が合ってにこりと微笑まれた。
私に微笑まれているとは思わずつい後ろを見てしまったが誰もいない。それを見てアスラン様は笑みをもっと深めた。
「リルア様?」
怪訝そうなバルドの声に私は我に返ると気を取り直して学習室へと向かった。
「ああ、やっと見つけましたよ。王女様! 今日こそは私が直々にお教えして差し上げます! 神殿からの司祭如きに何ができるのですかっ」
途中の廊下でマドラが私を見ながらドヤ顔して仁王立ちしていた。
「リルア様の魔術の授業は司祭長様がなされております」
アナベルとバルドがマドラに即座に対応していた。二人の言葉にマドラは気に入らないのか、憎々し気に二人を睨み返していた。
「ふん。たかだか司祭の分際で魔術の何を教えるというのだ! そもそも私達は筆頭王宮魔術師なのだぞ!」
そう叫ぶとマドラは私の方へ近寄り手を伸ばしてきたのだ。腕を掴まれそうになったけれどアスラン様がマドラの手を制して窘めるように言ってくださった。
「主に無礼を働くことは許されることではない。ましてや女性なのだ。優しく誠意をもって対応するべきだと思うがな?」
「はあ? 貴様。見たことのない顔だな。私は王女の婚約者だ! だから、彼女のことは私が指図していいのだ!」
――いつ婚約したのよ! 聞いてないわ。それにあなたに指図される筋合いはないの。そんなあなたと婚約なんてしません。
冗談じゃない。ゲームの『薔薇伝』の公式設定では密かに慕うなんて健気なマドラだったのにどうなっているの?
私は務めて平静にマドラの言葉を否定した。
「いい加減にしてちょうだい。私とあなたは婚約などしていないわ」
「くっ」
怒りに任せてマドラが右手を振り上げた。いつもなら人目の無い場所で頭を叩かれたり、背中を叩かれたりするけど今日はそこまで気が回らなかったのだろう。
「ちょっ……」
「やめないか! これ以上無礼なことを振舞うなら筆頭魔術師候補と言えど地下牢に放り込むぞ」
アスラン様がマドラの手を掴んで止めてくれた。こんなふうに守られるのは初めてかもしれない。
マドラはいつも巧妙に隠していたから。
アスラン様にはずっといて欲しいけど……。エードラム帝国の皇帝様だから無理は言えない。そう言えばいつ皇帝位につくのだろう? 『薔薇伝』の始まりは私の国のエイリー・グレーネが滅ぼされるとこから始まって、アスラン様は既に皇帝陛下だった。
皇帝位に就くのは何歳だっけ?
「何をする! 貴様こそ無礼だな! うちは筆頭魔術師の家柄なんだ。貴様なんか、父上に話して辞めさせてやる!」
マドラはアスラン様を睨みつけている。でもどう見ても役者が違いすぎる気がする。
アスラン様はふんと鼻を鳴らした。
「おかしなものだ。古き歴史のあるエイリー・グレーネ王国では自国の王女にそのような乱暴な物言いができるのか? あまつさえ暴力まで振るおうなど」
今度は握っていたマドラの手を締めあげた。
「痛い! 痛い。痛いよう」
情けなく悲鳴を上げるマドラはアスラン様が放すと慌てて距離をとった。
「お、覚えてろよ! こんなことをしていいと思っているのか? たかが護衛の分際で!」
「私は自分の職分を守っているだけですね。文句ならどうぞ国王陛下に申し上げください」
アスラン様がエイリー・グレーネ方式の騎士の礼を優雅にしてみせた。服装だって護衛騎士の略装だからとても絵になる。マドラのことなんてもうそっちのけで私は見惚れてしまった。
「その通りだ。マドラ、いい加減にしろ」
お兄様の叱責にマドラは苦々しい表情を浮かべると忌々し気に走り去っていった。
「しかし、あれが筆頭魔術師なのか」
「息子ですけどね。魔力量はどうなんでしょうねぇ」
私はアスラン様の呟きについ応じていた。
そして、私も魔力感知で気がついたことがある。それは匂いの強さが魔力量の多さに比例することに。正直マドラはあまり気がつかないほどなのよね。
「それにしても。王女にそれなりの専属騎士がいないのは問題だな」
「今までお兄様とご一緒だったので……。それに……」
どうやらマドラ達の妨害で女性騎士が護衛に回らないようにしていたとか聞いているのよ。全くとんだ親子だわ。
でも、それだけマドラの家は王家に影響力を持っているということよね。どうしたらいいのでしょう?
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