第8話 魔力無し

 ――やっぱり。それは私の予想していた以上に酷かった。


「ま、まあ。リルアは戦闘なんてする訳じゃないし。裁縫や音楽が出来れは良いんだよ。ほら、先日の僕にくれた手巾の刺繍は上手だったっじゃないか」


「フォルティスお兄様、それは……」


「まあ、王女様はまだ始めたばかりです。これからですよ。フォルティス王子様はその名の如く、正しく光の神のご加護を受けられておられますので素晴らしい魔力量です。リルア王女様もいずれはきっと……」


「リルア王女様は魔力感知もまだですか。ふふん。僕はもう初級は会得しましたよ。次の段階も直ぐに会得出来そうです。そうだ! 父上は王子様をお教えされたらどうでしょうか? 僕が王女様に教えます。初級の初歩ぐらい僕でも大丈夫です」


 えへんと胸を張ってマドラが横から口を挟んできた。ダンカン卿は口を窄めたが、私をちらりと見下ろすと、


「う、うむ。それでよろしいか? マドラもいずれは私の後を継ぐ者ですから……」


「はい」


 私はしゅんとして項垂れてしまった。


 ――魔力が少ないのね。フォルティスお兄様は光の神のご加護があるのね。流石、未来の光の勇者様だわ。


 けれど私にはマドラが話す説明が耳に残らず結局、初歩のライトボールの呪文すら会得出来ないまま初回の授業は終わったのだった。


 ――ライトボールって言えばいいんじゃないの? 


 マドラが忌々し気に小さく舌打ちをしたのも気になった。多分私以外には聞こえないくらい。


 ダンカン卿はお兄様に見せていた魔導書を閉じた。


「では、またこの続きは次回に」


「父上、リルア王女は素質がありそうにありません。ライトボールさえ発現できないとなると魔力無しかもしれませんよ」


「これ、マドラ。王女様に失礼なことを申すでない。まだ初日ではないか」


「そうだ。リルアは魔力無しではない」


「現に簡単なライトボールも発現しないではありませんか。王族なのに。これでは先が思いやられますね」


「マドラ、止めんかっ! それ以上は不敬になるぞ。それでは失礼いたします。ご機嫌よう。王子様方」


 ダンカン卿はマドラを抱きかかえるようにして出て行った。フォルティスお兄様は呆れたようにその二人を見送った。


「マドラは少し口が過ぎるな」


「でも、魔力無しって……」


「違うよ。リルアは……」


 そういうとお兄様は何か考えるように黙り込んだ。


「だって、王族や貴族は魔力が多量にあるからなれるのであって、庶民だってファイヤーボールやウィンドカッターだってできると聞きます。私は庶民以下ということになるかも……」


「リルア……」


 私はお兄様を見ることが出来なかった。悔しくて視界が涙で溢れそうだから。やっぱり、リルアは使えないキャラだった。なるならフリーニャが良かったのに。

 




 ――数日後、再び魔術の時間を迎えた。


 正直ダンカン卿が蝋燭の上で変顔してくれてもいいから教えて欲しい。


 マドラでは何を言っているか分からない。


 初心者向けの教本を広げているけれど彼が唱えるメロディが毎回違うせいで正確な発音ができないのだ。


「ああ、もう違います。王女様の音痴! そうじゃないったら!」


「お、音痴……」


 最後はマドラに人差し指でおでこを弾かれた。


 痛かったけれどぐっと我慢した。小さい頃から人の見て無い所でマドラにはこんなふうに虐められて泣かされた記憶があった。だから嫌い。


「ああもう、父上。きっとリルア王女には魔術の素質がないんです! これだけ僕が教えてやっているのに。練習しても初級のライトボールもできない」


 フォルティスお兄様を教えていたダンカン卿がこちらを見遣った。


「ううむ。それでは陛下に奏上しなければならないな」


「王族で魔力無し、追放もありえるかもしれません。くひひっ」


 マドラがしたり顔で変な笑い声を出して、私を見下ろしてきた。


「マドラ、それ以上言うことは許さない」


 フォルティスお兄様のやや怒気の籠った声にマドラが肩を竦めた。


「まあでも、次期筆頭王宮魔術師の僕がリルア王女を公私ともどもお守りいたしますよ。ねえ。父上」


「おお、そうだな。それがいい」


「え? それはまだリルアには早すぎる……」


 私はフォルティスお兄様の焦りにマドラが言ったことがどういうことになのか、このときはまだ知らなかった。


 このぼんくら魔術師親子を私の頭の中で鍋の中に放り込んで煮込んでいたから。



 もっと煮込んでおけば良かったと思ったのは、その晩、家族が揃っての晩餐の席でのこと。


 久しぶりに顔を合わすお父様からマドラと私の婚約話を伝えられたからだった。


 ――あのマドラと婚約ですって! 冗談じゃない。お断りします。


 胸を反り返したマドラに婚約でもしてやると上から目線で言われるなんて。私はカトラリーを持つ手が震え始めた。


「まだ、打診の段階だが、そなたが魔力無しという不名誉な話が出回っては……」


 溜息をつきながら父上は憂い顔をしていた。


 イケメンなお父様。とても子どもがいるようにはみせません。お母様もそうだけど。お母様なんては私がもう少し大きくなったら姉妹でもいけそうなほどです。


「父上、一度リルアを王都の大神殿の司祭長にお診せすべきです。確かリルアは魔力無しでなくて……」


 泣きそうな私に横からフォルティスお兄様の援護があった。


 ――マドラは嫌。絶対。無理。側仕えにもしたくない。もっと言うなら視界にも入れたくない。


「そうね。フォルティスにお願いしようかしら。私達が動くと目立ってしまうわ」


「それにリルアの専属護衛騎士も思ったように集まりません。リルアの言うよう王都のギルド支局に掛け合ってみようと思っています」


「おお、そうか。流石フォルティスだな。万事恙なくお前に任せよう」


「お兄様。ありがとうございます」


 ――フォルティスお兄様は美少年の上に優しく賢いなんて最強です。流石、メインヒーローで光の勇者様です。

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