第6話 暴走への前哨
「力が欲しい……」
「え?」
私の呟きはバルドもアナベルも理解できていないようだった。
「私もバルドやガラハドのように剣を使えるようになりたいの」
「ぷっ。また姫様の騎士ごっこですか、お怪我しないようになさいませ。ああ、ビスケットをもう少し召し上がりますか?」
アナベルに笑われたので私は大人しくビスケットを頬張った。美味しいのを選ぶのは仕方が無いよね。
「でも今からなら魔術でも剣術でもどうにかなるかなと思って」
「でもリルア様はフォルティス様が剣術の時間のときは裁縫や礼儀作法のお時間ですよ」
「むうっ」
私が奇妙な唸り声を上げるとバルドが優しく頭を撫でてくれた。
「リルア様に魔術はともかく、剣を持たせたくはありませんね」
「どうして? 私だって強くなりたいのよ」
私は剣を振る真似をして見せた。勿論よろよろとよろめく。
――うう、やっぱり、弱い。
「リルア様は……」
バルドは困ったような笑みを浮かべて私の手をやんわりと握り締めてきたのだ。
び、美少年にここまで接近されて手を握られている! リアルでは絶対なかった。
いいえ、それよりこれはキャラごとの特別のイベントシーンのお約束のムービーになっていてもおかしくないくらい。
バックにはキャラソンが流れて、きっとバルドのドアップと私のやや斜め上からの視点からの切り替えがあって……。
「――私の力の及ぶ限りお守りいたしますから、リルア様のこの手に剣は相応しくありません」
……私はぼふんと顔が一気に熱くなった。きっと赤面しているはず。
二人だけの世界でもおかしくなかったくらいだけど、バルドは天然なのか私の様子に気がついていない。
「そうそう、バルド様の仰るとおりですよ。姫様は美味しい物を召し上がって、先ず丈夫な体にならなければなりませんよ。それに姫様に剣なんてとてもとても危なくて。さっきも姫様は倒れられましたし、先ず体力をつけませんと」
アナベルの言葉で我に返ると、その通りこの体は何だか弱い。幼少期からの思い返せば、熱を出して寝込んだり、さっきのように倒れたりするのはよくあったのだ。
「――そうですね。先ずは普通に健康を目指しましょう」
そのとき、遠く西の空に信号弾と閃光が上がるのが分かった。それに遅れて音が微かに聞こえてくる。その合図はこの国に住んでいるものなら、皆知っている。
――西の樹海からのモンスターの氾濫だ。
今回は本格的な暴走とまではいかないようだった。何故なら信号弾の色で判別できる。緑なら少し森から出るくらい。黄色なら中程度、赤なら氾濫。今回は緑だった。
「あら、今回は早いわね」
「この前はいつだったかしら」
大人達はそんなことを話しつつ、会場は速やかに閉会となった。それぞれモンスターの襲撃に備えるためだ。樹海近くの町の冒険者達は既に対応しているだろう。王都の冒険者や騎士団も備えなければならない。これもいつものことであった。
「では、僕も巡視に参ります」
足早に会場を出ようとするお兄様の声が聞こえた。
「フォルティスお兄様。どちらに行かれるのですか?」
「もちろん討伐部隊の編成会議に出るんだよ」
「お兄様がモンスター討伐部隊に……」
「大丈夫だよ。リルア、まだ僕はただ座って聞いているだけだし、あとは王都の冒険者ギルドへの応援要請をするだけだよ。本当は西の町まで行ってモンスター討伐に加わりたいけどね」
「お兄様! モンスター討伐だなんて、冗談でもそんな……」
「ははは。僕ではまだまだだよ。それにしてもリルアはまだ少し顔色が良くないね。お茶会の前にも倒れたし、少し休んだ方が良い。バルド。リルアを部屋まで頼むよ。今は城内も混乱して危険だからね」
「でも私もお兄様と一緒に会議にでたみたいです」
――いずれは氾濫は起きるから。
「リルア? 何を言ってるんだ。会議の途中で倒れたらどうするんだ」
「倒れても構いません」
「馬鹿なことを……。それよりそんなことを言っている場合じゃない。バルド。リルアを頼んだぞ。絶対に部屋に閉じ込めておくんだ。ガラハド、行くぞ」
お兄様は私を残して足早に会場を後にした。
「私も樹海に行ってみたいのに」
――この目で確かめたいのよ。そこからこの国の滅亡の一端となるから。
「姫様も何度か行ったじゃありませんか」
「今行ってみたいの」
「さあ、リルア様はお部屋に参りましょう。フォルティス様の仰る通りですよ。お顔の色は確かにあまり……」
それはバルドがあんなことを言ったからだと思うの。
「嫌だと言ったら?」
「仕方ありません。リルア様、失礼いたします」
そして、私は何故かバルドにお姫様抱っこをされて部屋に連れて行かれた。私は驚いて叫んだ。だってね。今までこんなことされたことは……。
「歩けます!」
「子どもですよ」
「子どもですね」
部屋までアナベル達に散々言われながら戻って自室のソファに下ろされる。
「せめて、冒険者ギルドとか酒場に行って情報を得たいの」
「まあ、酒場なんて、どこからそんな言葉を知ったのでしょうねぇ。とんでもありません。姫様が足を踏み入れるところではありませんよ」
――だって、クエストの依頼や情報、それに仲間との出会いは酒場やギルドだと決まっているし。
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