第27話 天秤の支配者
第10部
「牧山副部長、私は警察庁に出かけて参ります。夕方までには戻るつもりでいますので暫くお任せ致します」
「承知致しました」
佐渡と同階級の牧山大佐は書記官職を兼任する佐渡の代わりを務めてきた。陰で「デスクワークの鬼」「予備の体がある」などと囁かれる働きの佐渡にも物理的距離的にやむを得ない場合がある。
「上野少佐は車を出して貰いたい。帰りは電話で知らせる」
「はっ」
「貴様らの計画遂行に際し帝室の御方のお力添えがあったとの話を耳にした。もちろん信じがたい話だが———」
「誰がそんな事を!これは我々だけの考えで行った事です」
「もちろん私共も俄に信じられない。信じられる事でも無い」
「だったら疑う事でも無いでしょう。全ては我々の計画です」
マジックミラーの奥で佐渡は取調室の若い大尉の顔に視線を注いでいた。
驚愕と怒り。だが、
「………」
さて次だ。
彼は隠し部屋のドアの方へ足を向けた。
予告通り夕方に警察庁庁舎を出た佐渡は門番に敬礼を返して車に乗り込む。
ハンドルを握った上野がちらりと上官の姿を確認した。
「戻る」
「はっ」
緩やかに車が発進する。
帝都守備軍団による警戒態勢は続いており、大通りには等間隔で装甲車が停まっている。見ていて気分の良いものではない。
「…つっかかってこないのだな」
いつもより静かな車内に気づいて彼は口を開いた。
注意を払いながら車を走らせる上野は答えた。
「二度と部長どのと災難に遭いたくございませんので」
「同感だ」
この状況でまた爆発を起こされたなら軍の面子は大きく損なわれるわけだが。
だが証拠はこの目で確認した。後はハンゾウの結果を待つだけだ。
———ケリはつけてみせるさ。
佐渡は心中で残忍な笑みを漏らした。
「全滅か。惜しいな」
シャンデリアの下のテーブルに広げた新聞には、一葉会メンバー逮捕の報が大きく載っている。
「会の幹部は事情聴取の後逮捕。西に避難した他の会員も軍、一般を問わず国民からの情報提供で摘発されてございます」
「忠実な手足を失ってしまったな………大変惜しい」
仕立ての良い背広に身を包んだ男はグラスのワインを一気に飲み干した。
「だが彼らが盾になってくれた事は大きい。最後は私の番だ。さすれば彼らの忠勤に報いる事ができる」
今度も相手は防げまい。
「準備を始めてくれ、上田くん」
軍は今まで対応をしてきたに過ぎない。つまりは受け身の反応であり当然の反応だ。国民は犯人逮捕も当然なされるべきものと考えているからそれだけで好意的評価は得られない。
つまり軍の評価はゼロのままだ。こちらは先手を取られない限り確実に事を進めていけばいい。
「抑えられるはずもないのだが。残念な事だ」
生贄の血か、前祝いの美酒か。男はグラスに赤ワインを注いだ。
帝国議会議事堂爆破から六日。
議事堂・総司令部爆破の両事件の実行犯は全員起訴され裁判が始まった。指示役の一葉会幹部の聴取も終わり一両日中には起訴される。
福部が現れたのはその日の夕方だった。
「さすがに手間取ったらしいな」
「申し訳ございません」
席に座した総司令に福部は深く頭を下げる。
「構わん。もっと遅くなると思っていた」
総司令執務室にいるのは松河原総司令と佐渡、福部だけだ。
「帝室の調査結果と、早急に対応すべき懸案を入手致しましたのでご報告いたします」
「懸案から聞こう」
「帝室御用地内に爆薬らしき物が搬入されたと配下の報告がございました」
「なに?」「いつですそれは」
総司令と書記官が同時に反応した。
「昨日」
「現物を確認次第、警備隊と師団に知らせろ」
「場所は?」
「御用地内
「帝室に許可を取れ、軍を入れさせる!」
声を荒らげて立ち上がる総司令。
「次に帝室調査結果ですが、」
福部は淡々と報告を続ける。
「帝室内で一葉会と接触していた人物がございました」
立ち上がっていた総司令は着席した。
「誰だ?」
福部は声をひそめる。
「帝室武官補
「帝室武官補が?」
「武官補が何者かの命を受けている様子は?あるとすれば誰です?」
矢継ぎ早に訊いたのは佐渡だ。
「
朝稀伯匡秀王子。先帝の末弟の子で現皇帝のいとこにあたる、帝室一族の一人だ。
「王子は上田帝室武官補をお気に入りのご様子でして度々御傍に召してございます」
「かの御方が………」
天秤を操りし者。
「福部部長、大至急配下の方に爆発物を押さえていただく事は可能ですか?」
「警備隊の巡回を装って動けば可能でしょう」
議事堂爆破以来、国の施設と帝室関連敷地は警備が強化されている。
「押さえ次第警備隊のままこちらに連絡を入れていただきたい。それを待って軍を入れる分には問題ないでしょう。———如何ですか、閣下」
この状況下で帝室敷地で爆破されたら軍は無能と見なされかねない。国民感情の矛先はこちらに向くだろう。
「導火線に火を点けられる前に、か」
王子が黒幕ならばこちらの動きに気づいた瞬間に、いや気づいていなくとも爆破を起こすだろう。
「そうしてくれ。帝都守備軍団の軍団長直接指揮部隊を向かわせる。守備軍団の予備として機動軍団第2師団の1大隊を出させろ」
「は、」「御意」
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