第24話 リーブラ


 『帝都震撼す』『議事堂、総司令部連続爆破』『議事堂爆破 死傷者多数』『帝国要所連続爆破 計52名死亡』『長門西総司令暗殺未遂 犯人見つからず』


 大見出しで踊る文字と一階の窓全てが吹き飛んだ議事堂の写真。


 帝国主要紙は帝都と商都の連続爆破事件を1面で伝えた。よって昨日の事件は国民の多くが知るところとなった。

 「———争いを厭うと言ったな、奴らは」

 新聞を広げた総司令はむっすりと眉を寄せている。

「国民が爆破魔にデモを起こしたら、テミスは奴ら自身も吹き飛ばすかな?」

「そうして自滅して頂ければ幸いでありますが」

「そうする馬鹿に振り回されているとは思いたくないがな」

 執務室の窓から吹き込む温い風が新聞のページをめくろうとする。総司令は湯呑を置いて新聞の隅を押さえた。

「西は何もないのか?」

「今のところは」

 佐渡は答えた。

 西総司令部と対立している経済勢力にも被害は報告されていなかった。

 主に帝国政治の生産面と財政を担当する西総司令部は、政策を巡り財閥や労働者団体と対立する事が多い。

 「こちらは?」

「守備軍団並びに総司令部を警戒中の機動第2師団から報告はございません」

 機動軍団第2師団は兵部万千代ひょうぶまんちよ大佐率いる師団だ。武蔵むさし基地所属の師団は師団長直属部隊が昨夜から総司令部周辺の警戒にあたっている。

 「今の内にテミスの正体を掴まねばなるまい。犯行声明が国民の知るところとなれば更なる混乱を招くぞ」

 どの記事どの新聞にもテミスの声明文は無い。論調異なる全ての新聞社が歩調を合わせてくるとは考えにくいし、各社談合の動きも掴んでいなかった。


 コンコン。


 執務室の扉がノックされた。

「誰か?」

「第三部少佐上野であります、閣下」

「入れ」

 滑るように室内に入ってきた上野は敬礼した。

「申し上げます。西総司令部より通信、『郁島いくしま造船安芸あき造船所で爆発があり、1人死亡30人負傷。総司令部宛てに犯行声明が届いた』とのことであります」

「さっきの今じゃないか!どういうことだッ‼」

 総司令は拳を握り締める。

 郁島造船は商都を本拠地に定める帝国屈指の財閥「郁島いくしま財閥」傘下の造船会社だ。

「声明本文は送られているか」

「こちらに」

 長めの電報文を受け取った佐渡は総司令の前にそれを差し出す。

 机の脇に控えた書記官は総司令の目つきが険悪なものに変化していく様を観察しつつ頭を働かせていた。


 「———『労働者たる国民を保護せぬ財閥に制裁を加えた。財閥を支持する軍も均衡を崩す存在である』だと…?ふざけている」

 胸先に押しつけられた電報をいただいた佐渡は内容に目を通す。

 

 労働環境を改善しない会社とそれを黙認する軍へやむを得ず力による制裁を科した。今回の一連の行動は会社側へ大きく傾いた力の天秤を平衡に戻す為のものであり、労働側への補完的な制裁は行わない。是正が見られなければ再び力を加える事も躊躇わない。賢明な判断を期待する。

 

 声明文はそうしたものだった。

 声明は西総司令部と造船会社双方に送られてきたという。造船所はドックと建造中の軍艦1隻が大破した。作業員の1人が自爆するのを複数の作業員が目撃した、と電報に記されていた。


 郁島造船は軍需企業でもあり軍艦の製造も行っている。


 「労働者の保護と来たか爆破魔め」

「たしか安芸造船所は労働条件が悪い、と耳にしたことがございましたな」

 危険業務に関わらず賃金は安く人命軽視の風があるとの噂があった。

「真偽を調べさせろ。結果は会議中に持って来ても構わない」

 これから参謀本部会議だ。佐渡は控えている上野に命じる。

「第八部に郁島造船関連の労災の有無、件数を問い合わせよ。調査の目的も伝えるように」

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