第23話 エクスペンション
「申し上げます、」
上官に敬礼した上野少佐は机の佐渡に歩み寄った。
「西方面軍総司令部より緊急通信がございました。『
差し出された電文を一読した佐渡は僅かに目を細めた。
午後2時頃、帝国西方面軍総司令長門大将の車列に手榴弾が投げ込まれ、直前を走っていた車両に直撃し爆発。後ろの総司令車両は追突し長門総司令は軽傷を負った。手榴弾の直撃を受けた車両の乗員2名は死亡。商都の警察が捜査中であり西総司令部も警戒態勢を発令したという。
「他は。西の事件はこれだけか?」
「はい。今は」
「…そうか」
紙片を睨んだ彼は席を立った。
「今度は西か、畜生‼」
松河原総司令は拳を机に叩きつけた。ダン、と鈍い音が執務室に響く。
「次はどこだ、爆破魔め…!」
「なるほど、ガイ・フォークスを描くだけのことはございます」
「納得している場合か佐渡!」
猛獣のごとく吠える総司令。
夜も深まりつつある。顔に落ちる影は濃く、怒りにゆがむ総司令の表情はさらに猛々しく映った。
怒鳴られておののく佐渡ではない。
「およそ五百キロ離れた商都の出来事に閣下がご対応なさる事は物理的時間的に叶いません。西の事は西に任せるより他ないでしょう」
「くっ………」
ゴン。総司令は再び机に八つ当たりした。
「しかしながら、テミスを名乗る相手が帝国全土を敵に回せる規模の組織である事は分かりました」
佐渡は片手に抱えていたファイルを机に差し出す。
伊賀警察長官から届いた議事堂爆破の随時報告書だ。
「全員クロでございます」
施工業者、議員会館警備員は関与を認めた。工事計画にない地下工事を行って議事堂地下まで延びるトンネルを掘り爆薬を仕掛けた。爆薬は坑道掘削用の爆薬を使った。
「彼ら”だけ”でできる事じゃない」
報告書を読んだ総司令は眉を寄せる。
鉱山用の爆薬を手に入れるにも別の協力者が必要だ。一般建設業者が鉱山業務用の爆薬を大量に求めるのは不自然過ぎる。
「指示役については聞き出せていないらしいな」
『誰もが口を閉ざしている』との文面を指でなぞる。
「伊賀は最善を尽くしているのか?」
最善を尽くしているから事件から半日で報告が提出できるのだが。
閣下は余裕を無くしておられる。
「彼らの口を割らせるよう長官に催促しろ。帝国、ひいては軍の面子に関わる」
「かしこまりました」
返事をした佐渡は苛立ち収まらぬ総司令に尋ねた。
「時に閣下、お食事は御済みでございましょうか」
「ああ?……食べていないな」
閣下は今初めてお気づきになったらしい。
「何かしら食わねばならないか」
食べられる時に食べるのは軍の基本である。次の機会がいつ来るかは分からない。
「軽食を用意させましょう」
「そうしてくれ。できるなら遅めの夕食にしてほしい」
壁の振り子時計は10時を指していた。
シャンデリアの下でテーブルを囲む人々。
「さて、軍は右往左往しているようだ。松河原大将も後手に回っている」
「松河原総司令といえどもこの有事は乗り切りかねるでしょう」
「
ワイングラスが持ち上げられ、赤い葡萄酒は整った唇の奥へと流し込まれていく。
「国政参与といいつつ軍が主体だ。国民もそれを当然としている。だが、それは———」
「———軍の腐敗を招く、とのお考えでありましょう?」
そう、と頷いた相手はワイングラスを光に透かす。赤紫の液体はルビーを融かしたように美しい。
「いくら澄んだ物も時が経てば濁っていく。暴力装置の腐敗はこの国を滅ぼす事になる。———事実、それは始まっているんだろう?」
「昨年の麻薬事件でございますか」
「ああ。機動軍団の師団長は大将に慰撫されて辞任を留保されたという。あれは良くない」
憂いをたたえた目が明かりを受けて暗く光る。
「———軍は軍。政治は政治だ。国防の為の暴力はできるだけ純粋であるべきなのだよ」
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