第21話 インパクト

 高台に位置する総司令部で爆発に気づかないはずもない。庁舎に戻るのを待ち構えていた第三部の少尉は足早に上司に駆け寄り敬礼した。

 「至急、閣下がお呼びであります」

 敬礼を返した佐渡は歩きながら訊いた。

「情報はどれだけ来ている。全て教えてほしい」

「はっ。———帝国議会議事堂で爆発発生。議事堂内及び議員会館に死傷者多数。近隣の建物、道路上に負傷者多勢。物的被害多数。現在、守備軍団第一師団が現場に展開、消防が救助を行っております」

「ご苦労。情報収集を続けてほしい」

「はっ」

 敬礼した少尉は風のように去っていった。



 

 「遅くなりました、閣下」

 窓際に立って外を見ていたらしい総司令は、ようやく姿を見せた書記官に目を向ける。

「議事堂近くに行っておりました」

「無事…らしいな?」

 頭からつま先まで佐渡をざっと見分した総司令は当惑しながら言った。

「爆発に遭いましたが軍用車両で救われました」

 防弾ガラス付車両で無ければ衝撃波で割れたガラスでハリネズミになっていたはずだ。

「妙な幸運を持っているな、さて問題事だ」

 窓横の壁に背をもたせた総司令は目を伏せる。

「密告を正直に信じ過ぎた………。あの爆発では死者は更に増えるぞ。安否不明者も死んだものと考えねばなるまい」

 単なる密告書との考えが甘かったのかもしれない。

 「議員連中の口を塞いででも先に議事堂を警戒下に置くべきだった」

「私も考えが甘うございました」

 現場の被害状況は詳しく分かっていないが、国の面子に傷を付けたことは間違いない。議会政治の象徴が吹き飛んだのだ。

 総司令の瞳がかげる。

 「弥八郎、これは嵌められたぞ」

「……御意」

 暗い考えを振り払うように総司令は首を振った。

「爆発前後で不審な動きが無かったか調査するよう福部ふくべに命じてある。救出作業と平行して現場を調べさせる。伊賀に捜査指示を出せ」

「は、」


 踵を返した佐渡は部屋が揺れた、と思った。


 瞬間、縦揺れがびりびりと調度を揺らした。咄嗟に身を低くする。

「閣下!」「知ってる!」

 地震のように大きくならず、すぐに収まった揺れは逆に不気味だった。そして不自然な揺れの正体に彼らはすぐ気づく立場にあった。


 爆発。


 「まずいな………くそっ」

 机の陰から立ち上がった総司令は執務机の引き出しを開けた。拳銃を取り出した彼は弾倉を確認する。

 佐渡は腰のホルスターに手を回した。外出時に拳銃は装備する決まりだ。普段は荷物になっているそれを取り出して、弾数を確認した。

 全て装填済。

 執務室のドアの向こうから何者かが走ってきたのと、佐渡が両手で拳銃を構えてドア脇に張り付いたのが同時だった。

 コンコン。

「誰か」

「第三部少佐上野であります」

 聞き慣れた抑揚の少ない声が返ってきた。

 総司令の目くばせを受けた佐渡は本人だと目で答える。

「———入れ、」

 ゆっくりと重厚な扉が開き、片手を上げた上野が入ってきた。

 両手で銃を構えた佐渡をちら、と見やった彼は報告する。

 「庁舎1階検品室で爆発がございました。室内にいた下士官5名が負傷いたしております。小包が爆発したとのことであります」

「そうか。総司令部全体に警戒体制を敷く」

「はっ!」

 敬礼した上野は踵を返して走り去る。

 「………ええい!」

 ガタン、と拳銃を荒く机に置いた総司令は親指の爪を口に含んだ。机の後ろをうろうろと歩き始める。


 廊下を警戒していた佐渡は天井を睨んだ。


 事態が動き過ぎている。今は敵の番だ。こちらは守りに徹するしかない。




 

 警戒体制を発令、伊賀重四郎いがじゅうしろう警察長官宛てに捜査依頼の書簡をしたためた佐渡は書記官執務室の椅子に身を預けた。


 議事堂爆発現場では議事堂1階内にいた47人が死亡。路上を含めて92人が重軽傷。総司令部検品室の爆発では下士官3名が死亡。2名が重傷。さらに1名が軽傷と分かった。


 軍と議会の連続爆破。愉快犯にしては規模が大きいし、偶然にしては出来過ぎている。二つは同一犯だとしたら、狙いはなんだ。

 「ガイ・フォークス……」

 密告書の末尾に描かれた男が笑う。

 彼らの狙いも大英帝国の爆破未遂犯のように何かの主張を含んだものか。


 彼の疑問は比較的速やかに解決された。

 犯人を名乗る者から総司令部に手紙が届いた為だ。



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