第6話
あれから──あの夜から数日経った今、ハンスさんは
多少の不思議さは今度こそ、慣れました。
怪我をした足も随分癒えました。
「──鳥はいたかい?」
散歩がてら家から近い森の中を歩いて戻ると、ハンスさんは庭のテーブルに昼食を用意しているところでした。
「いいえ。それらしい羽は見つけたんですけど」
明るいグレーから鮮やかなブルーへと染まる羽です。
今日は肉と野菜とシチューとゆでた小さなじゃがいものようで、ビールの瓶を掲げて持っているハンスさんは今日もにこやかです。
羽をテーブルの隅に置いて祈ります。
「いただきます」
「こちらこそ」
ハンスさんは変な返しから続けて話します。
「ふふっ、小さい頃の妹と似てる」
「妹?」
三つ年下の妹がいると言います。
今は外で暮らしていて、たまに戻ってくると。
そして商人というのは彼の妹の事でした。
「今より半分くらいの年の頃、妹は森で綺麗な石や羽なんかを見つけては小瓶に詰めてたんだ」
「……俺、そんな子供に見えます?」
「いいや、童心が残る大人は素敵だよ」
瓶から橙色のフルーツビールが注がれます。
しゅぴ、と弾ける泡とオレンジの爽やかさは俺の好みの味です。
肉も野菜もとろっとろにとろけたシチューをじゃがいもにつけてひと口、その後すぐにフルーツビール。
ハンスさんの料理はどれもこれもたまらなく美味しいです。
食べては飲んでを繰り返してしまいます。
「俺にも妹いるんです」
「へぇ、奇遇だね」
「はい。それで……妹との約束なんです、青い鳥は」
テーブルに置いた青い羽が風に揺れます。
「あいつは忘れてるかもしれないですけど」
まだ童心しかなかった頃の事です。
俺達は見た事もないそれが欲しいと探しました。
未だ諦めず、求めている俺は滑稽でしょうか。
その問いはもう何度目でしょうか。
「いい理由だね、お兄ちゃん」
微笑むハンスさんにからかいは見えませんでした。
真っ直ぐに返されると思わず、照れが隠せません。
「……せっかく帰っても、必ず怒られるんです」
逆の立場なら俺も怒るでしょう。
連絡もたまに手紙を送る程度で、ふらり、と返ってはすぐにまた、ふらり、と旅に出る俺です。
「──皆、何かの旅をしてる」
「ん?」
ハンスさんはフルーツビールを飲んだ唇を舐めながら言います。
俺は鳥を探す旅を、俺の妹は俺を待つ旅を、と。
「どれも同じじゃないさ。ルカも、グレーテも」
グレーテはハンスさんの妹の名前のようです。
じゃあ──じゃあ。
グラスを持つハンスさんの右手は、黒く染まっていませんでした。
「……ハンスさんは?」
聞いてしまいました。
いや、俺は聞きたいと強く思いました。
呪いを受けた印も見ています。
ハンスさんは一度俺を見つめたままグラスを置きました。
平穏で不穏な空気が漂います。
「……どこかへ帰る旅」
「どこか、って?」
「どこだろうねぇ……旅の途中でわかったらそれはそれで面白いかもしれないね」
「そう、ですか……」
「ふふっ、残念そう」
「いや、そんな事は──」
「──僕は魔法使いでもないしもちろん魔女でもない。ただ、この森に好かれてるだけだ」
ああ、と思いました。
ハンスさんは全て気づいていました。
俺が呪いに気づいた事も、魔法があるという事もです。
小屋に入ったのも何か特別なものがあるのではないかと俺は期待していました。
青ではない色をです。
黒は見つけました。
本当の色は、俺には見えないようです。
見せてくれないのは、彼の優しさだとも思いました。
きっと、そうすべきだと。
「……ごめ──」
「──謝るな。
強く、まだ旅をする目の前の青年は遮りました。
代わりを探した俺は、こう伝えます。
「……ありがとうございます。あなたを見せてくれて──ハンス」
明日ここを出ます、と言うとひと呼吸置いたハンスはまたグラスを掲げ、置いたままの俺のグラスに、かち、と当てました。
「帰れる場所があるというのはいいね、ルカ」
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