第3回


     五


 犯人と格闘した末刺殺されてしまった故人、蓮見大輝の葬儀は、十九日の夜に八王子市内の葬儀ホールで執り行われた。葬儀には、肉親や親族の他、親交のあった友人や勤め先の人物が出席していて、全員、目に涙を浮かべていた。


 武田を先頭に葬儀の会場に入った二人は、まず遺族の元へ向かった。警察手帳を示して、お悔やみの言葉を述べる。


「犯人、まだ捕まらないんですか?」

 六十代ぐらいに見える女性が泣きながら三人に捜査の進展を質問してきた。被害者の母親だった。息子が自分より先に旅立ってしまったのだから、これ以上の痛くて辛い悲しみはない。会場内に響き渡るぐらいの大声で泣いた。


「現在、全力で犯人を追っていますので」

 武田は遺族に言った。事件の捜査状況は例え、遺族であろうが決して口外は出来ない。なので、心苦しいが、武田の言葉のような返答しか伝えられないのだ。三人は泣き続ける母親をなだめながらも、表情は自然と暗くなってしまった。


 必ず捕まえます、遺族の前を去って、会場の一番後ろの席に座る。まもなく、葬儀が始まった。

「あの人が妻の蓮見茉奈ですね」

 葬式の途中、羽根田が早見にしか聞こえないぐらいの声量で喋った。祭壇の前、お焼香の側で呆然と立ち、まるでロボットのように焼香を行う参列者に礼をする動作を繰り返す女性。茉奈は、長時間、泣いていたのだろうか。彼女の目に注目すると、赤く充血していた。


 お焼香の番がいよいよ回ってきた。真ん中の通路に出て、棺の前まで歩く。白い菊で彩られた祭壇の中央には、大輝の遺影が飾られていた。


 遺影の故人は笑っていた。何か嬉しいことでもあったのだろうか。満面の笑みだった。


 手を合わせ、お焼香をあげる。早見は被害者の顔は、警察署の霊安室で見た死に顔と真面目な顔をして写る運転免許証の顔写真でしか見たことがなかった。初めて見る被害者、蓮見大輝の笑顔は、心に突き刺さるような感じがした。


 焼香を済ませ、席に戻り再びパイプ椅子に腰を下ろそうとした時、

「あの……」

 早見らは声をかけられた。呼びかけられた方に目を向けると、ブラックフォーマルスーツを着た女性がそこにいた。年齢は三十歳くらいで、眼鏡をかけていた。「警察の方ですよね?」


 警視庁捜査一課の早見と言います、早見が代表して警察手帳を示す。武田と羽根田の紹介も行うと、「少しだけよろしいですか」会場の外に来て欲しいと言う。

「ここは私がいるから、二人は行って来い」

 この場を離れて良いのかと早見が迷っていると、武田が早見と羽根田に小さい声で喋った。


 礼を述べ、二人は女性に続く。会場の外に出て、近くにあった黒の長椅子に座ると、女性は、

「わざわざすいません」

 二人に頭を下げた。「茉奈の従妹いとこ成沢愛美なりさわ みなみと申します」

「それで、要件はなんですか?」

 改めて二人は自身の名刺を渡すと、愛美に尋ねた。


「茉奈のことについてです」

「蓮見茉奈さんについて、ですか?」

 はい、右手で愛美は目にかかった前髪を直すと、二人の目を見て言った。

「少し、そっとしておいてもらえませんか?」


 えっ、早見と羽根田が少し驚いた表情をすると、愛美は二人に喋った。

「茉奈と大輝さんが付き合い始めたのは、去年の一月のことです。二人は元々、別の会社に働いていたんですけど、ある日、イベントで一緒になって。それがきっかけで付き合うことになったそうです。その前、茉奈は二年間付き合っていた男性に突然、別れを告げられました。茉奈はそのショックをずっと引きずっていました。私が茉奈の住んでる部屋を訪ねると、毎回、私の膝に顔を埋めて泣いていたんですから。でも、大輝さんと付き合ったおかげで、茉奈は立ち直れたんです」


「茉奈さんの心を救ってくれた運命の人、つまりそう言うことですか?」

 羽根田が訊いた。

「ロマンチックな言い方をすればそうかもしれませんね。二人はでも本当に仲が良かったんです。そんな人をこんな風な形で亡くしたんですから……。本人は絶対、深い傷を負っています。だから、いくら捜査のためとはいえ、茉奈から繰り返し事件のことを聞くのは止めてほしんです」


「茉奈さんの心の傷をこれ以上、深くしないようこちら側は全力で務めるつもりです」早見は話を聞いて七秒程、沈黙してから口を開いた。「しかし、茉奈さんのため、何より亡くなった大輝さんのためにも、我々は一刻も早く犯人を逮捕しなければなりません。それには、茉奈さんの協力がどうしても必要です。我々警察官は被害者の代理人です。そこはご了承ください」


 はい、愛美は小さく頷いた。

 一息付いた。「なんか、ごめんなさい」愛美は頭を下げた。大丈夫ですよ。茉奈さん想いなんですね、早見は愛美に微笑みかける。せっかく、今、三人で話しているので、二人はこのまま、愛美に色々尋ねることにした。


「愛美さんから見て、大輝さんはどんな人だったんですか?」

「とても優しい人でした。さっき言ったみたいに、茉奈を救ってくれたので、好印象しかありません。親戚での集まりでも悪いことはありませんでしたから」

「茉奈さんとは仲が良いんですね」

「家が近かったこともあって、ほぼ毎日遊んでいましたから。今でもよく茉奈の家に行くほどです」

 今度は逆に愛美の方が早見ら刑事に質問した。「茉奈から聞きました。犯人、下着泥棒なんですね」

「その可能性も含めて今、捜査しています」

「そうなんですね……」

 愛美はそれ以上何も言わなかった。

 

 しばらくして、

「愛美ちゃん、そろそろ」

 親族の方だろうか、こっちに来て愛美に呼び掛けた。短い返事をその人にすると、成沢愛美は「では、失礼します」そう言うと、再び葬儀の会場に戻った。

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