第二十一話『あと少し』
4.
次の日、ふとイノリが聞いてくる。
「私達ってどうして蘇生者になったんだと思います?」
「……どうしてだろうな。――俺達の共通点はなんだ?」
イノリはノートを開きペンを持つ。そしてお互いの共通点になりそうなことを話していく。
俺達はなぜ同じ能力を持ったのか。その条件はなんだったのか。どうして、俺達だったのか。
そもそも元々俺は人があまり好きじゃなかったはずなんだが、なんでこんな人助けみたいな事をしているんだ。
二人で手探りながら話しているとかすかに共通点が見えてきた。
「私達は本来はあまり人が好きじゃないんです、でもそれは表向きで根っこは人の事を心配したりしちゃいがちな人間だったんですね」
「表面上は他人をなんと思って無くても心の底ではどうにかしたいって言う気持ちがこう言う能力として現れたんだろうな」
そうなりますね、とイノリがメモを止めペンを置く。
「だからカガリさん、私の事を家にあげてくれたんでしょう?」
あの時の事を思い出す、あぁそうだ。放っておけなかった。
「それもあるかもな。今考えたらどうかしてると思うが、それ以上にイノリの方がどうかしてたからな」
確かにあの時は必死でしたけどとイノリは笑う。
「遊園地で話したじゃないですか、どんなに悪く思われてしまおうが私の残り短い人生をカガリさんに捧げたかったんですから」
「それは――俺も今となっては同じだよ」
でも、今は他人を見捨てておけないとか。そう言う問題じゃない。
俺はたった一人の女の子を大切に大事にしていかなければいけない。
この少ない寿命を全部捧げてでも、大切に伝えていかなきゃいけない。
大好きで、愛していると言う事を。いつか現れるロマンチックな俺に託す。
5.
数十分後、またイノリは何かに悩んでるようだ。
「私、おかしいですよねやっぱり」
「何がだ?」
最初の出会いの話です、とイノリが笑う。
「好きな人に殺して欲しいだなんて、ダメですよね。その人には罪悪感しか残らないと言うのに」
「やっと気が付いたのか?」
えぇ、やっと気づけましたとイノリは笑う。
だから、殺してもらえなくて良かったですと微笑む。
「で、ここからが本題なんですけど。……例え灯火が同じような揺れ方だとして、完璧に同じタイミングで死ぬとは限らないじゃないですか」
「あぁ、確かにそうだな。別の死因だったり半日ズレる可能性だってある」
そこでなんですけど、とイノリがいいかけ、一分程黙り込む。
「カガリさん、――私と一緒に死んでくれませんか?」
「なるほど、殺すよりは気が楽かもしれないな」
でしょう?と返される。
「で、どうやって死ぬんだ?」
そうですねとイノリがまた十数秒考えてから口に出す。
「――海に飛び込むんです、二人抱き合って。それでずっとずっと二人一緒のまま眠るんです」
「なるほど、それなら片方取り残されることなんて無さそうだな」
そうやって二人で海底に沈んでいくのも悪くないな、と笑う。
「それにしても海の中に沈む、か。これも忌々しい歌への皮肉の一種かも知れんな」
「そうですね。作られた経緯を台無しにしちゃうんですから」
6.
そこから俺達は海を見て回った。
誰にも見つからないような場所で、それでいて深くて救いようのない所を見つけるために。
この季節の海水浴場はどこも人が多いが、そこを離れた場所――遊泳禁止のエリアは殆ど人が居なかった。
そこを何箇所か巡り、一番ここが適しているだろうとイノリと話し合うとその日は死なずに家に帰る。
その日は二人してお互いビールを三缶開けた。
つまみも何もなく、ただひたすら缶を開けた。
そうするうちに段々と二人して酔いが良い感じに回って、とても幸せな空間が生まれていた。
イノリが呟く。
「カガリさん、私今幸せです」
それに返すように呟く。
「俺も今幸せだよ、イノリのおかげだ」
これから数日後に死ぬと言うのに。
これから数日後に死ぬからこそ。
最後の数日間を幸せで満たしておきたかった。これはどちらから言い出したものでもなんでもない。
お互いが無意識に求めた物だった。
次の日は朝からクーラーを全開にしキンキンに部屋を冷やして布団を被ってベッドの中でずっと抱きしめあっていた。
寒いのか暑いのかよくわからない空間で、お互いの温もりをずっとずっと感じる。
何度も何度もキスをした。数えるのが億劫になるくらいにキスをした。
それでも一線だけは超えずに、ただひたすらにお互いを愛し続けた。
その日一日は二人で過ごしたどんな日よりも一番濃厚で一番長く感じた一日だった。
結果として二人どっちが先に寝落ちしたかわからないくらいに一日中抱き合って過ごした。
そして、最後の日を迎えることになった。
外はとても晴れていて、こんな言い方はおかしいと思うが死ぬには絶好の日だった。
雲一つ無い、青空が広がっている。まるでお膳立てされたかのように。
俺とイノリは家を出てから、目的地に着くまでずっと手を握って歩いた。
ずっとずっと、最後までお互いを感じて、二人で一つとして。
そうして俺達は最後の時を迎える。
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