第六章:失格蘇生者

第二十話『重ね合う』

1.

 イノリが夕飯の買い物に出る時、胸を張りながら宣言した。

「今日は冷やし中華始めちゃいます」

「いや、始めるの遅すぎないか?」

 もう八月の中旬だと言うのに冷やし中華を始めるにしては遅すぎると思うのだが。

「いいんですよ細かいことは。カガリさんはわかってないですね」

 笑顔で買い物に行く準備をするイノリを見てると確かにそんなことどうでもいいか、と思ってしまう俺はもう既に脳内がお花畑になっているのだろう。

「それじゃ買い物行ってきます」

「おう、気をつけてな」

 パタン、と扉が閉まる。

 さて、イノリが居ない間何をして過ごすかなと考えながら本棚を漁る。

 適当に一冊見繕い、座って読み出す。恐らく一章か二章くらいでイノリは帰ってくるのだろうが。

 そう思っていた矢先だった。


 忌々しい曲が聞こえてきた。


「――ッ!」

 慌てて頭を強打出来ないか姿勢を崩そうとするが逆にベッドにうなだれる形になってしまう。

『苦しい、ちゃんと病院に行っておけば――』

 あぁ、病気か。お前がちゃんと病院に行かなかったせいで俺の寿命はまた、短くなってしまうのか。

 死者蘇生にこんなにも怒りを抱くことになるとは思っても居なかった。

 近所の誰だかわからない人間の不養生で俺の寿命が縮んでしまうだなんて。






2.

 ――俺の事を呼ぶ声がする。

 柔らかい声で、ただ必死に俺の事を呼んでいる。その声は、少し曇っていて。

 泣いている事がわかる。

「――カガリさん!」

「……イノリ」

 彼女にはわかっているのだろう、俺の灯火がまた小さくなったことが。

「済まない、止めようがなかった」

「いいんです、カガリさんは悪くないんですから」

 そう言いながらイノリは俺を抱きしめ、泣きじゃくる。

「泣き虫だな、お前は」

「カガリさんの事が好きで仕方ないから泣いてるんじゃないですか」

 ありがとな、と背中を擦る。頭を優しく撫でる。

 イノリは俺の分まで代わりに泣くように涙を溢れさせ、雨が止む頃には静かな吐息を零していた。

「本当に……どうしようもないくらいお人好しだな」

 起こさないように優しくベッドに寝かし、隣で横になる。

 蘇生の疲れもある、俺もまた横になって眠ろう。そうしてゆっくりゆっくりと夢の中に落ちていく。






3.

 昼寝から覚めた後。

「カガリさん」

「どうした急に」

 イノリが正座をして俺の事を呼ぶ。

「良いニュースと悪いニュースがあります。どちらから聴きたいですか?」

「これまた唐突だな。じゃあ悪い方から聴かせてもらおう」

 はい、とイノリが呟き息を深く吸い、少し躊躇った後言葉を出した。

「カガリさんの寿命は――もう殆ど残されてません」

「そうか。それは……悪いニュースなこった。で、良い方は?」

 またイノリは深く息を吸い、今度は躊躇いなく放つ。

「私とカガリさんの灯火。同じ色、同じ揺れ方になったんですよ」

「……つまり同じ寿命って事か」

 そうなります、と笑うイノリ。

「経験則だと一週間くらい……だと思います」

「そうか。……まぁ、同じ寿命なら寂しさも紛れるだろう。……イノリは死んだ後の事をどう考えてる?」

 イノリは少し考える。

「多分こんなふざけた死者蘇生なんてシステムが存在するんですから、死後の世界はあると思いますよ。私達が冒涜を起こしすぎただけで」

「そうだな、神もこんな冒涜行為を許すわけがない。その代償って訳だ」

 また少しイノリが考え、話す。

「もうカガリさんに蘇生者としての能力は無いと思います。私もこれくらいの寿命になる前にはとっくに消えてたので、カガリさんが長持ちだったんでしょう」

「あぁ、アレを聞かなくて済むのは助かるな。思う存分二人で何も考えずにいられる」

 ようやく解放されましたね、とイノリが笑う。

 残り少ない寿命を一人の人間の為だけに使えるのはとても幸せな気分だ。

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