第十九話『祭囃子を背に』

9.

 祭り当日。

 二人して慣れない浴衣の着付けに苦労しながらなんとか外に出れるくらいの身のこなしにはなった。三十分はかかったが。

「じゃあ行きましょうか」

 駅までの道を歩いていると浴衣姿の人がやはり多い。みんなこの電車で祭りに行くのだろう。

 イノリは歩いてる最中、浴衣姿の人を見る度少し歩くスピードが遅くなる。

「どうした?」

「灯火を見てたんです。幸いにもみんなよく燃えてます」

 よく燃えてると言う表現がおかしくて笑ってしまう。

 それと共に、俺の事を気遣ってくれてると言うことでもあり胸の底から幸せな気分が溢れ出す。

「なんでニヤニヤしてるんですか?」

「いや、イノリに愛されてるなぁって思っただけだよ」

 そりゃそうですよと返すイノリの顔が少し赤くなる。

 電車に乗った時もイノリはあたりを見渡しその度安堵する。

「……大変じゃないか?」

「見ることに慣れちゃったのもありますけど、カガリさんの為ですし。それに別にアレとは違って疲れるとかは無いですし」

 まぁそれならいいか、とイノリの頭を撫でる。

「電車内ですよ、流石に恥ずかしいです」

「あぁ、それでもいいさ。どうせみんな祭りのことしか考えてないだろうし」

 イノリはそれもそうですねと苦笑しながら俺の頭を撫でる。

 傍から見れば祭りに行く前からイチャついてるカップルにしか見えないだろうが、別に構いはしない。

 どうせもう短い命ならば、全力でお互いのしたいことをするだけだ。

 誰に何を言われようと構わない、それが俺達の形なのだから。


 祭りの最寄り駅に着くと一斉に浴衣を着てる人間が降りていく。

祭囃子まつりばやしが聞こえてきますね」

「あぁ、急ぐことはない。ゆっくり行こう」

 人波に流されないように電車から降りて少し間を開け、人波が凪いだ所で改札に向かい駅から出る。

 歩く度、近づく度に祭囃子の音が大きくなり屋台の香りが漂ってくる。

「それじゃカガリさん。楽しみましょう」

「あぁ、最初で最後の夏祭りだからな。出し惜しみ無く楽しむぞ」






10.

 かき氷、綿あめ、金魚すくい、射的、焼きそば、りんご飴、たこ焼き、イカ焼き、型抜き。

 気になった所全てに食らいついていく、お互い遠慮なしに。

 様々な屋台を巡って食べて楽しんでを終えると少し休憩する為に神社の境内で腰掛ける。

「やっぱりカップルが多いですね」

「そりゃ多いだろうな。ナンパしようとしてる奴らもちらほら居たが」

 うまくいくんですかね、と笑いながらジュースを飲むイノリ。

「どうだろうな。俺達には縁のない事だしな」

 そう言うとイノリが俺の腕に手を回す。

「そうですね、こんなラブラブなカップルなんですもん。縁は無いです」

 二人で顔を合わせて笑う。こんな事、夏が始まるまで予想できなかった事だ。

 その時、大きな音が鳴る。夜空が明るく染まる。

「わぁ、花火」

「俺達とは正反対な燃え方だな」

 導火線に火を点けれるかすら怪しいですもんねと笑うイノリ。

 その顔がどことなく寂しそうに見えて、思わず抱きしめてしまう。

「……花火はロマンチックな時間ですか?」

「まぁそうなんじゃないか?そうじゃなくても俺はこうするよ」

 もうロマンチストに染まってますねと抱き返してくるイノリ。

 あぁ、もっともっと長く続いてくれ――。


 結局花火が終わるまでお互い抱き合って、花火自体はそれほど見てなかった。

 音が聞こえ、光ってるのがわかる。それだけで良かった。

 花火があろうとなかろうと、こうやって幸せを噛みしめればいいのだから。

 花火が終わるとイノリは終わっちゃいましたね、と呟く。

「花火が終わっても俺達の灯火はまだ続くからな」

 そう言ってイノリにキスをする。数秒経ってからイノリがキスをする。

「帰るか」

「帰りましょう」

 屋台が撤収作業を始めるか終わるかくらいの時までお互いの好意を味わった。

 祭りに来たと言うよりも、ただ二人で確かめあっただけな気もするが、それでいい。

 イノリが居ればそれでいい。

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