第五章:命の光る色
第十六話『同じ灯火』
1.
「――と、言うのが私の今までです」
イノリは語り終える。まるで全ての思いを乗せて歌うようだった。
「私とカガリさんの灯火、あまり変わらないんですよもう」
そう言いながらイノリは俺の手に自らの手を重ねる。
「……イノリには見えてたはずだ、ジェットコースターに乗って死ぬはずだった人々の灯火が。どうして言わなかったんだ?」
「約束したじゃないですか今日はその話は無しにって。それにあの人達は団体のツアー客か何かで、それが起きるとしたら帰りのバスかも知れないと思って。カガリさんに余計な不安をさせたくなかったんです」
確かにもうすぐ死ぬと言う情報は完璧なタイミングまではわからないし不安要素を抱いたままデートなんてしてられない。
でも、それをイノリ一人で抱えていたと言う事にもなる。
「一人で抱え込もうとするな、これからはもうイノリは独りじゃない」
「カガリさん、それって――」
あぁ、好きだイノリ。そう言ってまた抱き寄せる。
「はい、好きです。大好きですよ」
イノリは笑いながらそれに応える。
その時鐘が鳴りアナウンスが流れる。もうすぐ閉園の時間だと告げる。
「とりあえず帰るか」
「はい。帰りましょう」
立ち上がりイノリの手を取る。とても柔らかくてとても暖かい。
優しく握り返すイノリの顔が赤くなってるのは夕陽のせいか、それとも別の要因か。
それは些細な問題だろう、関係性が進展したと言う事だけでそれでよかった。
2.
家に帰るとすぐに二人してベッドに倒れ込む。
イノリはせっかく新しく買ってきたサマーワンピースがクシャクシャになっているのを気にもせず俺に抱きついてくる。
「やっと二人になれましたね」
「あぁ……今日は一日が本当に長く感じたよ」
お疲れさまです、と言いながら俺の頭を撫でるイノリ。
「急に甘えだすの、恥じらいとか無いのか?」
「どうせ二人共長く生きれないんですから、この時間を大事にしていきたいんです」
確かに言われてみればそうだな。制限時間付きの恋人か、切ないもんだ。
「そう言えば寝てる間に勝手にキスしてた事についてはどうしたもんかな」
「そ、それは……黙ってればよかったかな」
焦りだすイノリを見て笑う。
「これからは勝手にしなくてもいいだろう?」
「でもそんな急に――」
急に言われても、と言われる前にキスをする。
一瞬驚きでイノリはビクッとするも、されている事を理解すると俺の背中に手を回す。
「カガリさんの部屋ってロマンチックな空間だったんですね」
そう言ってあざとく笑うイノリの事が愛おしくて堪らない。
「ロマンチックな空間じゃなくともイノリが居るならそれでいいさ」
「えぇ、一緒に居ますよ。最後の時まで」
そう言うと次はイノリの方から唇を重ねてくる。
まるで脳内が溶けてしまいそうな感覚に陥る。
数秒か、十数秒か、それとももっと長くか。胸が高鳴ると同時に安心感も得られる。
今まで、つい昨日まではただの居候だったはずなのに。今はもう違う。
一人の女の子として、大切な人として。――愛してる人として。
3.
イノリが風呂上がりにまた缶ビールを飲んでいる。
すっかり慣れたようで短い缶なら普通に飲み干すようになっていた。
「えへへ、カガリさん」
「髪を乾かせ酔っぱらい」
どうしてですかぁ、と言いながら横になろうとするので抱き起こしてタオルで髪を乾かす。
「くすぐったいです」
「じゃあ自分で乾かせ」
それは嫌です、と返されるのでまたタオルで優しく長い髪を乾かす。
「それにしてもこの長い髪、良くキレイに維持できてるな」
「別に特別大したことはしてないですよ?」
じゃあ素材が良いんだなとタオル越しに頭を撫でる。
「あ、カガリさん。タオル退けてください」
「ん?まぁある程度乾いてきただろうし良いが」
タオルを退けた途端に右手を掴まれ、そのまま頭に持っていかれる。
「直接が良いです」
「……本当に急に素直になったな」
だってずっと我慢してたんですもんとイノリは言う。
俺はそのまま自分の力でイノリの頭を撫でる。
「それでカガリさん。もしかして私今日」
「そんなことはしないぞ」
まだ何も言ってないじゃないですかと笑われる。
「だいたい同じタイミングで同じことを言うからなイノリは」
「そんなにですか?」
あぁ、そんなにだ。と笑う。
「隠してるつもりなんですけどね」
「イノリは酒が入るとダメなタイプだな」
別にダメでも良いですよ、こんな姿カガリさんにしか見せないんですから。
そう言いながら俺の胸に顔を埋めるイノリ。
「なぁ、イノリ」
「なんですか?」
顔を埋めたままイノリが返事をする。
「今までは何もわからず言われるがままに蘇生をやめてた訳だが、これからはイノリの為に辞めようと思う。少しでもお前と一緒に居たいんだよ」
「……私も、もう少ない命ですけど。その全てをカガリさんの為に使いたいです。カガリさんと一緒に居たいです」
イノリを抱きしめながら背中を擦る。
「子供じゃないんですから」
「俺からしたらまだ子供だよ、守らなきゃいけないくらいな」
じゃあいっぱい守ってもらいますと笑うイノリのことを思いっきり抱きしめる。
「うっ、守られる前に圧死しちゃいますよ。もう殺されたい私じゃないんですから」
「殺さないさ、好きなんだから」
カガリさんだって、とイノリが呟く。
「何か言ったか?」
「なんでもありませんよー」
この温かい関係が、出来る限り長く続けばいいなと願うのはお互い同じなんだろうな。
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