第十五話『出会い』

6.

 私はもうすぐ死ぬのだと言う時、旅に出ることにしました。

 夏休みに入ってから死ぬ前に何かをしておこうと。今思えば悪あがきの一部だったかも知れません。

 そうして、最後の日を迎えました。


 踏切に入ると近づく電車の音に負けないくらいの悲鳴やざわめきが聞こえてきます。

 それもそうです、女子高生が遮断器が降りた状態の踏切に入ったのですから。

 どれだけ非常停止ボタンを押そうと、電車は急には止まれません。そのギリギリのタイミングを狙って入ったから当然です。

 踏切に入ってから三秒もしない間に私は絶命しました。一瞬で意識を失ったのでどうなったかはわかりませんが酷いことになってたでしょう。

 その時、忌々しい曲が聞こえて来ました。


 七つ、蘇生される側にもアメイジング・グレイスが聞こえ、そのタイミングで願える事。


 愚かにも私はその脳裏に焼き付いた顔に好意を抱いてしまいました。

 所謂一目惚れというやつです。

 ただ、そんな事を思って相手にバレるのはとても恥ずかしいことです。自分が行っていたことと同じなら、遺志が伝わるはずですから。

『もう一度死んでみたい』

 この例えは少しおかしいと思いますが、とっさに死んだ脳を回転させひねり出した遺志です。

 そうして私は蘇りました、彼のおかげで。






7.

 しかし、彼の寿命が減ると言う事に生き返ってから気付きます。

 好きになってしまった人の寿命を削ってしまったのです。

 どうせ私は長く生きていられませんし、好きになってしまった人にはもっと長く生きて欲しいのです。

 だから私は彼に言いました。

「私を殺してください」

 私を殺せば彼の寿命も少しは戻るからです。

 いくら今後も死者蘇生で寿命を減らそうと、少しでも長く生きて貰いたいからです。


 私は恋の仕方がわかりませんし、今考えると好きになった人に殺して欲しいだなんておかしい女子高生です。


 それから、彼に殺して欲しいと願う日々が始まりました。

 建前だけです、殺して欲しいと言いながら彼に近付こうとしていました。

 どうせそのうち死ぬのですからストーカーと罵られても構いません、彼の事を毎日観察していました。

 少しずつ確実に、好意は増々膨れ上がっていきました。

 彼の家に上がり込んだ時、心臓は今まで生きてきた中で一番強く、一番早く脈を打ちます。


 その夜、シャワーを浴びようとするとタオルが無いことに気が付きました。

 わざと誘惑してみようと思いそのままシャワーを浴びました。

 もう既に好きと言う気持ちは溢れているのです、何をされても構いません。

 彼が十秒数える前にわざと扉を開けた時の反応で少し寂しくなりました。

 一人の女性としては見てもらえてないんだなと。


 だけど、それが寂しくても諦める気はありませんでした。

 彼におやすみなさいと呟き寝たのを確認すると頬に口づけをしました。

 次の日何も言われなかったので気が付いてなかったのでしょう。それがまたドキドキして困りました。






8.

 彼の寿命を温存するために蘇生を阻止することにしました。脚を蹴ったり、首を絞めたり。

 私が昔蘇生をした時、一度だけふらつきで頭を強打し失敗した時の経験から思いついたものです。

 彼は当然困惑していましたし、その晩私は殺されることになりました。

 あぁ、やっと彼に恩返しが出来る。

 でも、嫌われてしまったなと言う思いで心はキツく締め付けられていました。


 でも、彼は殺してくれませんでした。

 私の首を絞め、意識を失う寸前で手を離したのです。

 彼は私の能力に、私達の共通点に気が付いたのです。

 私は諦めて歌い出しました。あの忌々しい歌を。

 それに重ねるように彼も歌います。アメイジング・グレイスを。


 そうして私も蘇生を行っていた事をついに明かしました。これで少しは近付けるかなと淡い期待を描いて。

 でも、私は不器用なままでした。まだ殺して欲しいだなんて言ってしまったのです。


 彼が煙草を吸い出したのでそれを奪い取ります。

 人生で初めての煙草はとても吸いづらく、とても煙たく、思いっきり咽てしまいました。

 熱いスープをすするようにと言われても全然出来ません。そもそも猫舌には熱いスープはすすれないのですから。


 その次は冷蔵庫にあったビールを飲みました。

 これも苦くどうしてみんなあんなに飲んでいるんだろうと思いながらも、好きな人が飲んでいるものに興味を示したので飲みました。

 それを途中で彼は取り上げます。そこらへんから意識は朧気でしたが、彼を抱きしめて眠ったことは覚えています。

 寂しさに耐えきれなかったのです。どうして、こんなにも好きなのにと。






9.

 それ以降、彼をなるべく外出させないようにしました。毎回首を絞めたりするのも心が苦しくなるからです。

 ある日、なんとなく違うスーパーに行こうと駅に寄った時、遊園地のチラシを見つけました。

 一日だけ、恋人になったつもりでデートがしてみたいと言う賭けに出ようと思ったのです。


 晩御飯を食べてる時に彼にチラシを見せました。

 幸いにも彼はそれを受け入れてくれ、とても嬉しくて心が温まりました。

 でも、デートをするにしても持ってきた服はどれもあまりデート向けではない服だったので一人で買い物に行くことにしました。


 どの服が良いか、ずっと悩んで試着も何回も繰り返して。

 結果として私の髪と正反対の色をした白いサマーワンピースを買いました。

 その後に軽くコスメを買い明日の事を思いながら彼の家に帰りました。


 帰ってくると彼は泥酔した状態で寝ていました。テーブルを見ると二缶開けたみたいです。

 私が居なくて寂しかったのかな、なんて笑いながら料理を作り食べてからシャワーを浴びて戻ると彼は起きていました。


 その時、私が居なくて寂しかったんだろうと彼が言葉にした時、また心臓が強く強く鳴り出しました。

 明日は本当に恋人みたいになれるかも知れない。もしかしたら、本当の恋人になれるかも知れない。


 そう思って、今日を迎えました。






10.

 本当に今日は楽しかったです。

 乗ってみたかったメリーゴーランドに乗れたり、観覧車で恋人気分を味わったり。

 その後――一番恐れていたことが起きてしまいました。


 地震が起きました、地震大国の日本からすればそれほど大きくはない地震です。

 しかし、ジェットコースターのレールの劣化した部分は耐えれなかったのでしょう。

 脱線、墜落、そして彼の意識が失われつつあるのがわかります。


 急いで出来る手段を全て取りました。

 脚も蹴りました、首も絞めました、みぞおちだって殴りました。

 でも、気が付いた頃にはもう手遅れでした。

 ジェットコースターは何事もなく――急いで確認してみると地震すら起きていなかったようです。

 ジェットコースターが終点に着くまでに急いで彼の顔を隠しました。彼の顔は乗客に認識されているからです。

 今、この意識を失っている状態で彼に更に負荷をかけたくないと言う一心で彼の顔を隠し、必死に涙を堪えました。

 なぜなら、彼の灯火が一瞬で小さくなったのですから。


 もうこれでは殺してもらった所で、もう手遅れです。あぁ、もっと一緒に居たかったのに。

 どうしてこんなにも酷い事が起きてしまったのか。

 私が昨日わざわざ買い物に行かなければ、彼は寿命を消耗せずに済んだのに。


 涙が止まりません。

 いくら自分を責めても変わらない物は変わらない、それをわかっていても涙が止まりません。

 その時、彼が私を急に抱きしめました。私もそれに応えるように抱きしめます。

 彼の体温を全身で感じ、幸せを噛み締めます。


 そして、今に至ります。


 カガリさん、私は貴方のことが好きで好きでしょうがないのです。

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