第四章:女子高生と死者蘇生

第十四話『冒涜のルール』

1.

 あれは唐突な話でした。車と車の事故でした。

 片方の車は大破し、中の人は重症或いは死亡していることでしょう。

 嫌な事故を見てしまったな。そう思った時、誰かの『死にたくない』と言う言葉と共にとある曲が流れてきました。


『――アメイジング・グレイス――』


 気がついた頃には事故現場には何もなく、傍らには一人の女性が経っていました。

「……あなた、ですか?」

 その声には聞き覚えがありました。そう、先程の誰かの声と一緒だったのです。

 私は混乱してしまいました、当然の話です。事故が起きたはずなのに、恐らくその事故で亡くなったであろう人が話しかけてきてるのですから。

「えっと、どう言う事ですか?」

「私は確かに死んだはずです、あの事故で。その、なんて言えば良いんでしょう。生き返ったんです」

 そして、その人の脳裏には私と言う存在が焼き付いた。そう言われました。

「私もこんなことは初めてで……あの、どうすればいいんでしょうね」

 今になって考えると変な質問です。自分が生き返らせた人間にどうすればいいのかを問うだなんて。

「せめて、お礼をさせてください」

「お礼、ですか?」

 とりあえず道端で話すのも体力のない私にはしんどいのでご厚意に甘え喫茶店に行くことになりました。

 初めてのお礼はパフェのセットでした。それだけで構いません、不思議な能力でどうなるかわからないのですから。






2.

 それから一週間経ったある日。

 私は学校帰りにふと散歩がしたくなったので遊歩道を歩くことにしました。

 木々が生い茂る遊歩道はとても気持ちが良い反面少しでも道を外れると見通しが悪く、言ってしまえばこっそりと自殺をするにうってつけの場所でした。

 二回目のアメイジング・グレイスです。『苦しい、死ななければよかった』となだれ込んできます。

 遊歩道のベンチに座っていると、やはり声の主が現れました。

「……僕は弱虫だ」

 中学生でしょうか。私の座るベンチに腰掛けます。

「死んでしまいたかった、いじめられるのが嫌で嫌で。でも、いざ死ぬとなった時怖くて怖くて」

 男の子は泣きじゃくります。それを私は見ていることしか出来ませんでした。

 男の子が泣き止むと財布を開き中身を差し出します。

「どうせ盗まれるんです、それだったらお姉さんにあげたほうが僕としては楽なんです」

 無言で受け取ることしか出来ませんでした。これを拒否しても結局彼の手元から無くなってしまうのですから。

「ありがとうございます、助けてくれて。もう少し頑張ってみます」

 私は頑張ってねとしか返せず、結局立ち去ってから三十分程ベンチから動けずに居ました。


 そこから、どんどんと死者蘇生の仕組みを理解します。


 一つ、自分の周囲百メートル或いは視認出来る事。

 二つ、その事象はなかったことになる事。

 三つ、蘇った人は私の事が脳裏に浮かぶという事。


 最初はそれだけだと思っていました。およそ半年くらいは。






3.

 半年経ったくらいでしょうか。

 なんとなく、生き返らせた人から生気が薄れているような感覚がしました。

 それに気付いた後によく観察してみると、恐らくもうすぐ亡くなるであろう人からは生気が感じ取れず、長生きしそうな人からは溢れ出るような生気が見えました。

 今思えばこの現象は不思議な共感覚の一部だったのですが、私は気の所為かも知れないと何も考えずに居ました。


 また、何度も生き返らせます。

 その度に少しずつ自分の中で違和感を感じます。

 また三ヶ月程経った時にようやく理解します。

 この死者蘇生には代償が発生するのだと。


 四つ、死者蘇生を行うと自分の寿命を消費する。


 気付いた頃には手遅れでした。

 私の生気は薄れ、段々と朧気になっていくのがわかります。

 その頃から生気の感じ方が変わり、今の炎の様な見え方に変わりました。

 そしてその共感覚がはっきりと見えるようになった時、新しいことにも気が付きます。


 五つ、蘇生を行ってもその人の寿命は完全には取り戻せない。


 共感覚を得てから死者蘇生を行った時、全ての人がほぼ等しい燃え方をしているのです。

 この時私は理解します、蘇生したとしても猶予が生まれるだけで死ぬという未来は結局変えられないと言うことを。

 言い換えてしまえば私の寿命を分け与えている様なものでもあるのでしょう。






4.

 そんな共感覚――命の灯火が見えるようになってから少し経った頃でした。

 いきなり私の灯火が勢いをほんの少し取り戻したのです。

 なにか条件でもあるのかと疑問に思いましたが、考えてもわからないのでその日はそっとしておきました。

 もしかしたら気まぐれかも知れませんし、勘違いかもしれません。

 動かない星を眺めていると動いているように見える、だから未確認飛行物体と間違えられると言う現象もあります。

 だから、見慣れてしまった灯火が少し揺れた所でただ見間違えたのだと思いました。


 次の日です。

 ストーカー被害にあってた女性を生き返らせた三日後の話でした。

 その女性が刺され亡くなったと言うニュースです。

 それを見た私は仮設を立てました。


 六つ、蘇生後寿命が残った状態で死ぬと寿命が還元される。






5.

 そこからまた数ヶ月。

 私はまた事故を目にしました。

 ただ、アメイジング・グレイスは流れず、重症で留まったのだと思いました。


 次の日、ニュースを見て唖然とします。その事故で死者が出ていたからです。

 いつもならばあの歌が聞こえ生き返っているはずなのです。

 つまり私の蘇生能力は失われてしまったと言うことになります。


 私の灯火は蝋燭一本でした。

 今目の前にいる彼と同じ揺らめきの蝋燭でした。

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