第十二話『終わりの時間』
7.
観覧車に乗り込む。イノリは対面の席ではなく隣に座る。
「バランスが悪いだろうが」
「これくらいでバランスが悪くなる観覧車の方が怖いですよ」
それもそうだな、と半分諦めながら景色を見る。この中からは今日乗ったり入ったりした物が全て一望できる。
「ロマンチストなカガリさん」
「……なんだ?」
イノリは肩に身体を預けながら話を続ける。
「私はこれから変なことを言います、観覧車の中ってロマンチックじゃないですか。だからロマンチストなカガリさんにだけ言うんです」
無言でイノリが続きを話すのを待つ。
「私、カガリさんと奇妙な縁で出会えてよかったなって思ってるんですよ。今までの人生に楽しさなんて見出だせなかったし、もうそんな事もなにもないんだろうなって思ってたんです。だけど、カガリさんと出会ってから少し自分が変化したことに気がついて。誰かと一緒に同じ秘密を抱えて過ごすのって、なんだかワクワクするじゃないですか。しかも本当に誰にも言えない様な秘密を」
そう言ってイノリは俺の方を見る。
「だから、なんだかんだ言って生き返ったのも悪くないなって思ってるんです。ありがとうございます、カガリさん」
ちょうどそのタイミングでゴンドラは一番高い所に位置していた。
「……お前からそんなお礼が言われるとはな。何があるかわかったもんじゃない」
「今だけです、今言いたいなって思ったことを言ってるだけですから」
俺も……イノリと出会ってから色々と変化したものがある。
この世界の彩度はここまでも鮮やかだったのかと。
その後イノリは外の景色を眺め黙りこくる。
俺も何も言わずにイノリの体重を預かる。
そしてゆっくり少しずつ地面に近づいていく。
ロマンチックな時間の終わりを告げるドアの音がする。
8.
「少し休憩してから帰るか。まだ時間が遅いわけじゃないし急ぐ理由もない」
「そうですね、また入口近くの所でゆっくりしましょう」
自動販売機でジュースを買い、他愛も無いことを話す。
今日の晩御飯はどうしようだとか、今日一日で何が一番楽しかっただとか。
そこで俺はようやく気づいた。
――あぁ、俺はイノリに恋をしているんだ。
それに気付いた事を悟られないようにしながら会話を続ける。
イノリがどう思っているのかわからない。
だけど、少なくとも今の関係が一番いいポジションだと思っているから。
俺からは何も言わないことにしようと決めた。
「……カガリさん?何か難しいこと考えてません?」
「難しいことは考えてないが、イノリの事なら考えてたな」
私のことですか?とイノリが首を傾げた。
「奇遇ですね、私もちょっとカガリさんの事考えてたんですよ。いろんな意味で」
「ベンチはロマンチックな空間じゃないから聞かせて貰えそうにはないな」
えぇ、残念でしたねと笑うイノリ。
「ちょっと新しいジュース買ってくる」
そう言い、席を立った時だった。
――地面が揺れた。恐らく震度は四か少し強いくらい。
思わず脚を取られ転びそうになるもなんとかそれは免れた。
ただ揺れただけだったら良かった。しかし、そうじゃなかった。
あの時の違和感は正しかったのだ。
ジェットコースターの方を見る。
例のカーブに差し掛かったタイミングだったんだろう。勢いよく脱線し、俺の背筋が凍る。
そして、脱線したままジェットコースターは地面に――叩き落される。
「カガリさん!」
「イノリ――」
『――驚くべき神の恵み、なんと優しい響きなのか。私のように悲惨な者を救って下さった』
『神の恵みが私の心に恐れることを教えた。そしてこれらの恵みが恐れから私を解放した――』
大合唱だ。
沢山の遺志がなだれ込んでくる。あまりの情報量に頭の中が焼ききれそうな感覚がする。
ダメだ、止めないと。いや、これは止まらない、止めようがない。
イノリが現実の俺を必死に止めようとしているのか息が止まったり、脚が痛んだり、みぞおちにも一発入る。
それでも処理は止まらない。一人一人、蘇生されていくのがわかる。
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