第十話『回り巡る』
3.
メリーゴーランドに乗り込む。
始動を告げるブザーが鳴ると心地よい音楽と共にゆっくりとメリーゴーランドが回りだす。
「どうだ?メリーゴーランドは」
「想像以上に楽しいです。ただ回るだけなのかなって思ってたら景色がこんなに変わって見えるなんて」
同じ様な景色なのにある種のフィルターをかけたような錯覚に陥る。回りながら上下に揺れ、それを包み込む音楽が感情を揺さぶるんだろう。
ゆっくり、ゆっくりと回転していくメリーゴーランドは名残惜しそうに曲の終わりと共に止まる。
メリーゴーランドから降り、出口に向かうとイノリが無邪気に笑う。
「次はカガリさんの番ですね、ゴーカートに行きましょう」
「おいおい、慌てるなって」
メリーゴーランドから降りるなり強引に手を取り歩くイノリにされるがままゴーカートの乗り場まで移動する。
係員から軽く説明を受けゴーカートに乗り込む。
「そう言えばカガリさんって免許は持ってるんですか?」
「いや、持ってない。だから運転はこれが初めてだな」
そう言いながらだいたいこんな感じだろうと座席の位置を合わせハンドルを握る。
恐る恐るペダルを踏むとゴーカートが動き出す。コースに合わせてハンドルを切る。
さじ加減がうまくわからず緩やかなコーナーを曲がる時に危うくぶつかりそうになる所をイノリが笑う。
「もう少しで壁に激突でしたね」
「人生初なんだから大目に見てくれ」
しょうがないですねと笑いながら俺の肩にもたれかかるイノリ。
「そうされる方が危ないと思うが」
「全てを委ねてるんです、察してください」
何を察しろと言うのかわからないがとにかく彼女を守るために慎重に運転していく。
ここでぶつかってしまうとイノリは反動で大きく揺さぶられることになるだろう、そのプレッシャーも少しのしかかっていくが。
思ったよりは身体という物は慣れてくれるものでコースの半分を走ってるうちに少しずつ感覚を掴めてきた。
イノリは俺の運転の動作毎に話しかけてくる。まるで免許を取りに来たみたいだ。
そうこうしてる間にゴーカートは元の位置に戻る、終了だ。
「初運転にしてはどこにもぶつからずに終わりましたね」
「あぁ、お姫様を輸送してる気分だったよ」
ちゃんと任務を果たせて偉いですねと俺の頭を撫でるイノリ。
「お褒めに預かり光栄です、お姫様」
「ふふ、これからも守ってもらいましょう。じゃあ次は私の番ですね」
イノリはあたりを見渡す。俺もパンフレットの地図を見ながら考えてみる。
「サイクルモノレールなんてどうですか?優雅に空からのんびりと景色が見れますし」
「賛成だ、今度は一人で運転するハメにはならないしな」
帰宅部ですよ、体力には期待しないでくださいねとイノリが笑いながら先導する。
階段を登りサイクルモノレールの受付をすませ乗り込む。
「せーので漕ぎ出しますよ。……せーの!」
イノリの合図と共にペダルを漕ぐ。自転車に乗るよりも遥かに遅いスピードでサイクルモノレールが進み出す。
ゆったりと空中を走る。
「お前ちゃんと漕いでるか?」
「失礼な、ちゃんと漕いでますよ精一杯」
こう言うもんなのかと思いながら、ふとイノリの足元を見ると一切動いていないのがわかる。
苦笑しながら一人でペダルを漕ぐ。まぁこれくらいなら別に構わんさ。
途中で周遊バスが近くを通るので二人で手を振る。周遊バスの人もこちらに手を振る。
地上からと空中からと、手を振るのがこうも違うのかと一人で思う。
「カガリさん、疲れてません?」
「誰かさんがサボってるせいで少しな」
バレちゃいましたかと笑いながらとある方向を指差すイノリ。
「あそこでお昼ごはん食べましょう。そろそろ良い時間ですし」
「賛成だ。その後何乗るかは食べながら考えよう」
はい、とイノリが頷くとサイクルのスピードが少しあがる。ようやく漕ぎ出したか。
その少し後に俺はペダルを漕ぐのをやめる。まるで交代するかのように。
コースが残り少しになった頃にまた漕ぎ出す。二人で一緒に。
そのまま完走しサイクルモノレールを降りると二人でフードコートに向かう。
4.
フードコートに入るとまず席を確保しておく。そこから中を適当に見て回る。
「カガリさんは何にするんですか?」
「あー、実はこう言う所来るとあんまり腹が減らない性質なんだよな。軽くつまめる物にしようとは思ってるが」
あとでお腹減ったって言っても知りませんからねとイノリは笑いながら店を見る。
ある程度見渡し、ありきたりだがハンバーガーでも食べておくかとイノリに声をかける。
「じゃあ私も買ってきますね、また席で」
ハンバーガーのセットを買い席に戻る。その数分後イノリが戻ってくる。
「……一人で食べるのか?その量」
「一人で食べますよ?」
ラーメン大盛りチャーハンセットと言うどこにその量が入るのか想像もつかない物をテーブルに置くイノリ。
「普通はこれ逆だよな、見た目だけ見ると」
「そうですね。でも私が結構食べるのはもう知ってるじゃないですか」
いや、確かに女子高生にしてはよく食べるとは思ってたが。
「遊園地に来てまでここまで食べるのは凄いなって思ってるだけだ」
「食べたい時食べて、やりたい時やって、そうやって少しずつ楽しさや幸せを積み重ねるのが好きなんです」
そう言って笑うイノリ。
「それは良いことだ。俺も見習うことにしよう」
「……沢山、積み重ねてくださいね。悔いの無いように」
そう呟くといただきますと食べ始めるイノリの顔はどこか切なさと言うか、悲しさに近いものを感じた。
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