第三章:遊びに行きましょう

第九話『真夏に咲く花』

1.

 それは八月上旬のある日のことだ。

 そこには真夏に咲くキレイな花を想像させるような、とても可憐な女子高生が居た。

「……どうですか?カガリさん」

「とても似合ってる」

 えへへ、と笑うイノリはいつにも増してかわいい。

 キレイな黒いロングヘアとは対称的な白いサマーワンピースがイノリを引き立たせる。

 おそらくは昨日の外出で買ってきた物だろう。

「褒めてもらえて嬉しいです。今日は思いっきり楽しみましょうね」

 そう言うイノリに対し、少し戸惑いながら言葉を出す。

「……少しだけ待っててくれ」

「はい、いいですけど……?」

 首を傾げるイノリを背にクロゼットを漁る。

 せめて少しでも釣り合うように着替え直す。一番マシな服装を。

 ……これじゃまるで本当にデートみたいじゃないか。なんて思ってしまう自分が居た。

 それでもいいなと思っている自分も居た。

「ふふっ、それじゃ行きましょうかカガリさん」

「あぁ楽しみだ」

 純粋に心の底から湧き出た本音だ。楽しみで仕方がない。

「昨日はその服を買ってきたのか」

「そうです。あとメイク用品とかもちょっと」

 微笑むイノリと共に家を出る。本当にキレイな花だ。


「大体電車で一時間ってとこですかね」

「調べたらそれくらいだったな。早めに出て正解だったかもしれん」

 駅で軽く朝食を食べ電車に乗り込む。

 電車に乗ると車窓を二人で眺める。段々と景色が田舎じみてくる。

「私、カガリさんに合う前の一週間くらいは色んな所を旅してたんですよ」

「その旅の終わりがあの踏切になる予定だった訳か」

 イノリはそうですね、と笑った後俺の唇に人差し指を立てる。

「決めました。今日はその話題は無しにしましょう」

「そうしてもらえると助かるよ」

 顔を見合わせ笑い合うとそろそろ目的地に着く旨のアナウンスが流れる。

「もうすぐですね」

「あぁ、もうすぐだな」

 電車が止まる少し前から二人同時に立ち上がってまた笑う。

 あぁ、こうした平和な日々が続けばどれだけ楽なんだろうな。






2.

「大人一人、学生一人で」

「学生証はお持ちですか?」

 はい、とイノリが俺に学生証を預けてくるのでそれを係員に見せる。

「ありがとうございます、こちらが本日のチケットとパンフレットになります」

 チケットと学生証をイノリに手渡す。

「それじゃ入りましょうか」

「そうだな。パンフレットも貰ったことだし入ったら座れる場所でも探すか」

 笑顔で頷くイノリと共に遊園地の中に入る。

 まず自動販売機で缶ジュースを買い近くにあったベンチに二人で座る。

「何からいきます?」

「何せ来たのは小学校ぶりだからな、どうすればいいかわからんな」

 私もですと笑いながら一緒にパンフレットを見るイノリ。

「観覧車は絶対乗りたいです。でも一番最後とかが良いなぁ」

「そうだな、ジェットコースターとかは乗るか?」

 カガリさんが絶叫してる所見てみたいので乗りますと返すイノリ。

 流石に絶叫まではしないと思うが十年ぶりくらいに乗るわけだから驚きはするだろうな。

「あ、園内周遊バスなんてのもありますよ?まずはこれに乗りませんか?」

「それもいいな。時間は――もう少しか。乗りながらまた考えよう」

 空き缶をゴミ箱に入れ周遊バスの乗り場に向かう。

 このバスは園内をゆっくりと一周三十分程度で回るらしい。

 バスが乗り場に着くと家族やカップルが数組乗り込むのでそれに続く。

「……私達、どう見えるんでしょうね?」

「傍から見ればカップルだろうな」

 それを聞くと少しだけわざとらしく照れた素振りを見せるイノリを見て楽しむ。

 イノリを見て――若干見惚れている間にバスが動き出す。徐行運転で園内の専用道路をのんびりと走っていく。

 専用道路の脇には丁寧に植えられた植物が出迎えてくれる。季節によっても花を植え替えたりしてるんだろう。

 よく出来た専用道路だ、様々なアトラクションを程よい位置から観察できる。

 逆に言えばアトラクションの方からもこちらが見える物もあり時折手を振ってくる人達もいる。それに手を振り返すイノリ。

 なんだかしないと寂しい気がしたので俺も手を振ってみる。手を振り返して貰えた時、少し心が温まる感じがした。

 ジェットコースター、観覧車、メリーゴーランド、絶叫アトラクションや家族向けのアトラクション。

 どれもこれも、みな楽しそうに幸せな日常を謳歌している。

「で、次はどうするんだ?もうすぐ一周するぞ」

「……笑いません?」

 何をだ?と聞き返すとなんでもありませんと顔を背けながらイノリは口に出す。

「メリーゴーランド、乗ってみたいんです」

「良いじゃないか。メリーゴーランドならすぐ近くにあるしちょうどいいな」

 それを聞くと安心した表情でイノリはこちらを向く。

「子供っぽいなって言われたらちょっと寂しいなって思って」

「そんなことはないだろう、それはイノリの偏った考えだ。今日は全力で楽しむ日だろ?それなら乗りたいもの、やりたいことを全力でやればいい」

 そうですね、と苦笑するイノリ。

「じゃあカガリさんは何に乗りたいんです?」

 そう聞かれて少し考える。乗りたいものか。

「ゴーカートとかだな。小さい頃はギリギリ身長が足りなくて自分で運転できなかったのを今思い出した」

「じゃあ私は助手席に座りますね、安全運転でお願いします」

 ゴーカートで事故なんてたまったもんじゃないと二人で笑っているとバスが停留所にたどり着く。

「さて、行くかイノリ」

「はい、行きましょうカガリさん」

 二人してメリーゴーランドの方に歩いていく。

 メリーゴーランドからは心地よい音楽が流れていた。

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