第八話『女子高生のお誘い』

10.

 イノリはその日以降殺してくださいと言う頻度が少し減った。

 それでも毎日のように事ある毎には言っては来るがどことなく中身を感じない。本気で殺されたがってるようには思えないのだ。

 そして、少し生活環境が変わった。

 俺が外に出て無駄に首を絞められたり脚に痣を作ったりしないようにと買い物などはイノリが行ってくれるようになった。

 そのせいで少し体力が落ちそうなので夜に二人で誰も死なないような所で散歩をすると言う習慣も生まれた。


「カガリさん、今晩は何が良いですか?」

「冷しゃぶなんてどうだ、作る手間もそこまでかからないし」

 良いですねと笑いながらマイバッグを持って買い物に出かけるイノリ。

 同棲なんだか、居候なんだかよくわからん。

 ただ、馴染んできただけなのか諦めがきたのかわからないがそれでいいと思ってる自分もいた。



 イノリの作った冷しゃぶを食べているとイノリが唐突に話を切り出す。

「カガリさん、今度息抜きに行きませんか?最近あんまり外に出てませんし」

「外に出れないのは主にお前のせいなんだがな。とりあえず話は聞いてやろう」

 イノリは遊園地のパンフレットを手渡す。

「駅で見つけてきたんです。どうですか?デートにでも」

「デートか……まぁ良いだろう、それでいつにするんだ?」

 じゃあ明後日で、とイノリは笑う。

「別に明日でも良いんじゃないのか?それとも明後日に何かあるのか?」

「それは明後日になればわかりますよ。それと、明日は一日ちょっと出かけるので外には出ないでくださいね」

 ……よくわからないがイノリの言う通りにしておこう。


 その晩、俺がシャワーを浴びてる間にまたイノリは勝手にビールを飲んでいた。

 ただ、いつもと違っていたことは飲んでた量がいつもより少なかったこと、そして既に眠りについていた事だ。

 余ったビールを流し込み煙草を吸うと俺もイノリの横に転がる。

 シングルベッドに二人で寝るのは慣れた。これも一人の女子高生としてではなく元同業者として見てるからに過ぎない。

 すぅすぅと微かな吐息が聞こえる。これも慣れた。

 本当に、奇妙な生活だ。






11.

「それじゃ行ってきますね」

「あぁ、俺に殺されるために無事帰ってこい」

 笑いながらわかってますよとイノリは手を振り出ていく。

 扉が閉まるとセミの音が少し収まる。それでも窓の外ではセミがずっと鳴いている。

 セミも死ぬ時、まだ死にたくないと願うのだろうかと考えると少しおかしくて一人で笑ってしまう。

 そしてその笑い声が虚しくワンルームに響く。セミの音よりも小さく。


 そろそろイノリが上がりこんできて二週間程になるのだろうか。

 諦める形で居候として住まわせてるがイノリと離れる時はイノリが買い物に行ってる時くらいだった。

 その居候が一日出かけると言う事に戸惑っている自分がいる。

 なんだかんだイノリと居る時は楽しい。昔どんなお礼をされたかだとか、一番悲惨な事故はどれだったかとか。

 常識を逸脱した話をしてるのがまた面白くて楽しくて。一人で居ると言うのはこんなにも寂しいことだったのかと。

 そんな馬鹿なことを考え出している自分がまた、虚しい。



 一日家で待てと言われても何もすることが無く、ただひたすら転がってる訳にも行かないので明日行く遊園地の事を調べる。

 ごく一般的な遊園地でアトラクションもこれと言って珍しそうなものがあるわけでもない。

 ただ、ここなら何もなく安全に一日は過ごせるだろうな。遊園地で殺人事件が起こらない限りは。


 殺人事件で思い出したのは夜道を散歩していた時に蘇生した物が一個ある。

 ストーカーに後ろからめった刺しにされ――と言う悲惨なものを救った訳だが、その根本的な解決には至らない。

 死ぬと言う事象は免れるもストーカーが居ると言う事象までは覆せるものではなく。

 一週間後に同じ様な場所で刺殺されていたと言うニュースを見て酷く心が傷んだのを思い出す。

 結局同じ死を二度味わわせてるだけなのだから。あの時救ってくれてありがとうございますと言った彼女はどう言う心境で再び刺されたのか。

 考えたくもない、思い出したくもない話だ。

 結果として色々な物を紛らわせるために昼間からビールを二缶開けることになり、ベッドに寝転がる。そして気が付けば意識が薄れていき。

 起きた頃にはイノリも帰ってきており陽も沈んでいた。






12.

「昼間からお酒を飲むだなんて堕落してますね」

「あぁ、お前が居なくて寂しかったんだろうな」

 それは寂しかったですねとイノリは笑いながら俺の頭を撫でる。

「お前は母親か?」

「それは初めて言われましたね。子供っぽいってばっかり言われてきたので」

 あぁ、確かに子供っぽい方が強いなと今度は俺の方からイノリの頭を撫でてみる。

 イノリはくすぐったいですと言いながらも手を退かそうとせずただされるがままになる。

「兄妹みたいですね」

「遠い親戚だ」

 しばらく経ち、そう言えばなぜ今日一日外に出てたかをイノリに問う。

「それ聞きます?乙女心がわかってませんね」

「乙女心なんて一生かかってもわからないだろうな」

 すぐにわかりますから、とイノリは笑いながらベッドに寝転ぶ。

「カガリさんが寝てる間もう料理とか全部終わってますし私は明日のために寝ますね」

「ありがとな、ゆっくり休め」

 はい、と笑いながら布団を被り数分も経たずに眠りにつくイノリ。相当今日は疲れたんだろう。

 俺もイノリの作ったご飯を食べてシャワーを浴びてからすぐに横になる。

 明日は久々に羽根を伸ばすことにしよう。そう考えると少し寝付けなくなる事に対して苦笑する。

 あぁ、楽しみだとも。楽しみだからなかなか寝付けないのさと今日三本目を空け再び横になる。

 アルコールのおかげで微睡んでいくにはそう時間もかからなかった。

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