第七話『柔らかな反抗期』

8.

 それから三十分ほど経ってから。

 イノリの顔はいつもと同じ表情に戻り首に刻まれた痕だけが語っていた。

「……はぁ、ようやく落ち着いてきました。やっぱり殺されるのって怖いんですね」

「殺す方だって怖いさ、手加減間違えたら本当に殺してしまうかも知れないだろう」

 そう言いながらタバコに火を点け吸う。

「……それ、ください」

「は?」

 タバコです、と言いながら強引に俺のタバコを奪うイノリ。

 それを一口吸い、ケホッケホッと咽る。

「あのなぁ、ただ吸えばいいってもんじゃないんだ。もっとゆっくり――熱いスープを啜るように吸うんだ」

 それを聞いてもう一度恐る恐るゆっくりと吸い、また咽るイノリ。

「別に無理に吸わなくても良いんだぞ」

「いいえ、吸います」

 こう言う変な所だけ頑固なのはどうしたもんか。

 何回も咽ながら一本のタバコを吸いきったイノリ。

「言い忘れてた。やり忘れてたんだがこのタバコはカプセルが入ってるからそれを潰してから吸うんだよ」

 そう言いながらカプセルを潰し、火を点ける。今度は取られないようにしながら。

「タバコ、吸ってて何が良いんですか?」

「特に理由はない。気分をリセットするためだとか、そんな感じでただ吸ってるだけだ」

 身体に毒ですよ、と笑われる。確かにそう言われたらおしまいだな。

「身体に悪いもんがうまい時だってあるんだよ」

「確かにそう言う物もありますけど……美味しくないです、タバコは」

 イノリはそう言うとベッドに転がる。

「今日はもう疲れちゃいました、寝ます」

「シャワーは浴びないのか?」

 ベッドの上で横に一回転、イノリが転がる。

「そう言えば今日結構汗かいちゃったんだった。流石に浴びとかないとダメ、ですよね」

「別に無理に浴びろとも言わんが。タオルは洗面台のラックにある」

 浴びてきます、とイノリはゆっくり立ち上がりシャワーを浴びに行く。

 珍しく素直と言うか。今日はめんどくさいのでいいんですとか反論されると思っていたのに。

 まぁいいか、あいつの気まぐれは一生かかっても理解できる気がしない。

 何分かしてイノリが風呂から上がってきた音が聞こえる。その後に冷蔵庫が開く音、閉まる音。プルタブが開き、炭酸ガスが溢れた独特の音が鳴る。冷蔵庫の中身を思い出しその意味を理解する。

「おい、未成年」

「はい、未成年女子ですが」

 缶ビールを飲みながら部屋に戻ってくるイノリ。

「タバコもそうだが、酒もどうかと思うぞ」

「風呂上がりが美味しいらしいじゃないですか。あいにく私にはこれも理解できそうにないんですけど」

 そう言いながらも苦い顔をしながら少しずつ飲んでいくイノリ。

「酒は無理するなよ、吐かれても困る」

「えぇ、なんだかぽわぽわしてきました」

 酔いが回ってきたのか滑舌が悪くなり、顔も赤くなっているイノリ。

「酔うってこんな感じなんですね」

「人によって異なるけどな。お前の場合はそろそろ危ないからもう寝ろ」

 そう言ってイノリの持っているビールを取りあげて――一気に飲み干す。

「あぁ、人の物を全部飲む」

「元々所有権は俺のもんだよこのビールもさっきのタバコも」

 いいじゃないですか、ケチ。と文句を吐かれるのでベッドに投げ入れることにした。

 イノリを抱えてベッドに投げようとした時、イノリが俺の首に手を回す。そのせいで姿勢が崩れイノリ諸共ベッドに倒れ込んでしまう。

「あ、犯されちゃう」

「手を退けろ」

 嫌です、と言いながら両手を首から更に下に降ろしていくイノリ。そして力を込めて抱き寄せられる。

「なぁ酔っぱらい、勘弁してくれ」

「酔っ払って無くても嫌です」

 その言葉を最後にイノリは眠りにつく。ただ、腕の拘束だけは解かれないまま。抱き枕にされてしまう。

「……俺が何したっていうんだ」

 本当に。

 近頃の女子高生ってモンは心の底からわからないものだ。






9.

 結局、諦めてそのまま寝ることにした。

 イノリは深い眠りに落ちると腕の拘束を解きはしたが、だからと言ってこのままベッドから降りるのはしんどい。

 外に出るだけでめんどくさいのに脚を蹴られ、徒歩で帰って首を絞められそして首を絞め。

 身体的にも精神的にも負担が大きく正直動く気力もない。

 明日イノリが何を言おうと知ったことではない、それ以上に眠気が勝り俺も深い眠りに入っていった。



「おはようございますカガリさん」

「おはよう、酔っぱらい」

 もうお酒は抜けてますよ、と笑うイノリ。

「昨晩はその、ごめんなさい。どうしても寂しくて」

「お酒の勢いで忘れたことにしとけばよかったんじゃないか?」

 それもそうですけどとイノリは笑いながら。

「でも、寝てるカガリさんを見てたら正直に話したほうが良いなって思ったので、寂しかったんですって伝えたんですよ」

「……どんな寝方をしてたんだ俺は」

 至って普通の寝方だと思いますよ?とイノリは水を飲みながら話す。

「俺にも水をくれ、喉が渇いた」

「はい、どうぞ」

 イノリはそのままコップを手渡してくる。

「ありがとさん」

 水を飲んでいるとイノリがからかうように間接キスですねと言うので昨日もうやったと返す。

「あ、でも逆はやってないです。カガリさんその水返してください」

「どうぞご自由に」

 コップをイノリに手渡しイノリはそれを飲む。

 水を飲みながらイノリは聞いてくる。

「……カガリさんは平気なんですか?」

「何がだ?」

 イノリは少し恥ずかしそうにこう、間接キスをすることが。と呟く。

「お前のことをなんとも思ってないからな。むしろ厄介にしか思ってないから平気とかそう言う問題ですら無い」

「そう、そうなんですね。経験豊富なのかと」

 俺がか?と笑う。一度も色恋沙汰なんて経験したことはない。

 そんな会話をしながらテレビをつけるとちょうどローカルニュースの時間だった。

『昨日男性が川で溺れ――』

 あの時の話題だ。危ないのであの川では釣りはもちろん近づかないようにしましょうと最後に付け加えられている。

「本来は自業自得な話、ですよね。なのに……なんだか罪悪感を覚えちゃう私が居るんです」

「止めたのはお前なのにな」

 前に蘇生した人も似たような例があった。自分だけは大丈夫だろうと過信してた例の一つだ。

 無駄な過信なんて空元気と似たようなもんだ。結局何かあった時には崩壊してしまうものだ。

「それでも私はカガリさんを止めます。殺してもらえるまでずっと」

 その前に捜索届が先だろうがなと言うと少しまたイノリの顔が曇る。

「そんなの、出ませんようちは」

「……悪かった」

 イノリはなんでカガリさんが謝るんですか?と問う。そりゃ無神経な発言をしたからだと返す。

「私の事情は私の中で完結させれば良いんです、カガリさんがそれを悪く思う必要なんてありませんから」

 それだけ返すとイノリはぼーっとテレビを眺めだした。

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