第五話『何が誰を殺すのか』
4.
図書館に着く、そして適当に本を物色する。
イノリも自分の好きな本を探してくると言うので十五分後同じ場所で落ち合うことにした。
図書館は静かだ。紙のめくれる音、微かな話し声、空調の音。
今までの外の喧騒とは全く違う、まるで砂漠の中のオアシスみたいな場所だ。
とりあえず何を読もうかと考えた結果、昔読んだ小説を読み直すことにした。
これを最後に読んだのは高校のあたりだったか。あの時は色々な本を読んでいた気がする。
「おまたせしました」
待ち合わせ時間から数分後、小さな声でイノリがやってくる。
「初めてなのでどこに何があるかちょっとわからなくて」
「まぁわからないこともない。似たような物がまとまってるとは言えレイアウトはそれぞれ異なるからな」
イノリは文庫本を二冊持っていた。
イノリは一冊を読み終えると大きく伸びをし、あくびをする。
「どんな話だった?」
「殺人犯が酷い目にあう本です」
俺を横にして読む話にしては皮肉が過ぎるな、と笑う。
「カガリさんには酷い目にはあってもらいたくないですよ。だから私が殺されるんです」
「殺人犯になれって言われてる時点でもう既に酷い目にあってんだよ」
そうかも知れません、とイノリは二冊目を開き出した。
俺も続きを読もう。
数十ページめくったあたりでイノリが声を掛けてくる。
「そう言えばカガリさんは何読んでるんですか?」
「端的に言えばジャンルは恋愛だよ」
そんな趣味あるんですね、と笑われる。
「ただの恋愛モノって訳じゃない。これは不幸な二人が妥協してたどり着いた幸せを噛み締めて死ぬって話だ」
「それでも、ちょっと意外ですね」
そんなに俺は他の本を読んでそうなのか?
「カガリさんって直接的にではないですけど、死と言う物に触れすぎてる気がするんです」
「あぁ、確かにこの手の話が好きだから読んでるし、最近は実際にその物語みたいに動いてるな」
まるで踊らされてるように。そうなると主人公は俺かイノリになるんだろうな。
そして、作者の手のひらに転がされるまま転がされて良い所で区切られるのだろう。まったくもって趣味が悪い、それでいて嫌いになれない趣味だ。
イノリが二冊目を終えたタイミングで自分の読んでる本を閉じる。
「あれ、途中じゃないんですか?」
「かなり前に読んだからな。好きなシーンを中心に読み返してただけだ」
でなければ文庫本とは言え五冊もこの数時間で読み切れる訳がない。相当な速読持ちなら話は変わるだろうが。
「じゃあ私がそれを借りて帰っていいですか?」
「あぁ。貸出カードは持ってるから借りてくるよ」
ありがとうございますと一礼してイノリは読んだ本を戻しに行く。さて、貸出の受付をしてこなければ。
カウンターで司書さんと軽い雑談をしながら貸出受付してもらっていると、司書さんがふふっと笑う。
「後ろの子、妹さんですか?それとも……」
「遠い親戚ですよ。偶然こっちに遊びに来てるだけの」
そうですか、と含んだ笑い方をしながらカードと本を渡される。
「それでは貸出期限までに。またお二人でお越しください」
「……そうですね、他にも読ませてみたい本はありますから」
本をトートバッグにしまい図書館を出るとイノリが少し嬉しそうにする。
「彼女だって言っちゃえばよかったのに。どうせ殺されるんですからそれくらいの嘘なら許しますよ?」
「そんな変な嘘ついてどうするんだ。もし仮にお前を殺したとしたら質問攻めに遭う俺の身にもなれ」
あれ?ついに?と聞かれるので殺さない、と返す。これで七十……何回目だろう。
「ねぇ、カガリさん。良かったら歩いて帰りません?」
「人の脚を蹴っておいてか?」
それは、と一瞬怯むもすぐに何事もなかったかのように理由を話す。
「私の家はここよりもう少し遠い所なんです。せっかくだから歩いてみたいなぁって。少し涼しくなってきましたし」
「まぁ痛みも治まってきてるから構わんが……お前を殺せるような場所は無いからな」
そうじゃないです、とどことなく落ち込む――と言うより拗ねるイノリ。
「カガリさんは理由なんて気にしなくていいんです。殺したくなった時に殺してさえくれればいい、手遅れになる前に」
そう言いながら、歩いていくイノリ。
どことなく、寂しそうな背中をしていた。
5.
大きな橋を渡る。イノリは川を眺めてキレイ、と零す。
こいつはここでこのまま落ちていきやしないよなと考え少し怖くなる。
「……この時期は良く釣りしてたりするな。一気に水深が深くなるから禁止されてるんだが」
「へぇ、何か良いの釣れるんでしょうか?」
わからんなと返すとわかりませんねと帰ってくる。
釣り人が数人居るのが見えた。禁止区域だと言っているのに。
まぁ良いだろう、だいたいこんな場所で釣りする奴はライフジャケット着込んでるから溺れることはない。
と思ってる矢先に大きい飛沫が上がる音がした。
「早速禁止されてる理由が現実になりましたね」
「禁止エリアでやってるやつが悪いんだよ」
そのまま橋を通り過ぎ――
また、意識が薄れる。
「カガリさ――」
イノリの声が聞こえるも意識は段々と遠のいていく。
そしてその次には苦しさ。息が詰まる、と言うよりも――
――息が出来ない。
「――ッ!!」
「良かった」
数秒息を整えてる間に状況を整理する。
まず意識が薄れた、いつもの前兆だ。そしてイノリの声が聞こえ、振り返るイノリの方に前のめりに倒れ込んだはずだ。
それが今イノリは俺の後ろに立っていて……。
こいつは、俺の首を締めていたんだ。
「……殺される側じゃなかったのか?」
「殺される側ですよ。だけど……、ダメなんです」
何がダメなのか一切わからない。もう足元では人が死んでいるというのに。
この冒涜とも言われた力で救えた命が、亡くなった。
なぜ、なんで俺の事を邪魔するんだ?
……情報を掴むために、そうするしかないのか。
「イノリ」
「なんですか?やっぱり怒って――」
それ以上言わせないように言葉を被せる。
「お望み通り、殺してやる。家に帰ったらな」
「……やったぁ」
どことなく、また寂しそうなイノリを見て。
どんどん自分の中で不明瞭な物が形成されていく。これは未知なるものに対する恐怖なのか、それとも人の命を操ると言う好奇心なのか。
こんな好奇心を持っていたらそりゃ猫だって殺されるさ。
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