第三話『二人の夜』
7.
その晩、結果としてイノリと食卓を囲むことになった。
と言っても近くのバーガーショップでハンバーガーをセットで食べてるだけなのだが。
「なぁ、セーラー服から着替えないのか?」
イノリの服装を見て思ったことをそのまま吐き出す。
「そんなにセーラー服嫌なんですか?もしかしたら私服の方が魅力的に見えるのかも?」
そうじゃねぇよと言いながらコーヒーを飲む。
「もし仮にお前が俺の家に泊まり込むとして、セーラー服のまま出入りされたら色々と困るんだよ」
「あ、泊めてくれる前提なんですね」
嬉しそうにイノリが笑う。
「放っとくと何しでかすかわからん、少なくとも歪な形だろうと関わりを持った人間が危険な目に合うのは想像したくないからな」
「やっぱり優しい。殺してくれれば満点なのに」
殺さずとも満点が取れれば世の中の男子は苦労しないだろうな、とイノリを見ながら思う。
「ちなみに何点だ?」
「六十点です」
妥当と言うか、どちらかと言えば過大評価な気がする。
これだけ容姿が整ってるならかなり優良物件だと思うのだが、もしかしたら性格がかなり酷いのかも知れない。
少なくとも殺してくれと何度も言ってくる時点で性格は酷いに偏ってるが。
「満点を取った所でそいつが生きてなきゃ意味がないと思うんだが」
「確かにそうかも知れませんね、カガリさんが私のことに惚れてるならそう言う話になりますが」
やっぱりこいつのこと無視して帰ってやろうか、外に荷物を投げ出して何もなかったことにしようか。
そう思いながらも実行は出来ないだろう自分を思い描きうなだれる。
「それで。今夜、やっぱり私は犯されちゃうんですか?」
「は?」
イノリは表情を変えず、笑顔のまま発言する。
「そんなことはしないって言ったはずだが」
「残念だなぁ、こんな美少女が居るんですよ?クラス、学年どころか学校でもトップクラスの美少女が」
あー、それを自分で言うからダメなんだろうな。
「もしかしてお前にはそう言う類の破滅願望でもあるのか」
「無いですけど、殺される前に一回はしておくのは定番じゃないですか?ニュースでも多々ありますよ」
殺すを前提として話を続けるあたりで定番も何もなくなってくると思うのだが。
「それともカガリさんはそう言う方の……?」
「それは出来れば美少女でお願いしたいね」
よかった、と笑いながらトレーを持ち立つイノリ。
「ちょっと嬉しかったです、デザート買ってきますね」
……本当に、最近の女子高生とやらはわからない。
その後デザートを食べ終えると家に帰る。当然ながらイノリも付いてくるし部屋にも上がる。
「シャワー借りていいですか?」
「あぁ、勝手に浴びてろ」
覗かないでくださいね、と笑いながらカバンを手に取り脱衣所に向かうイノリ。
今日からこいつと生活することになるのかと考えるとうんざりする。
しかし、流石にここで野放しにするのはやはり色々な意味で危険だろうしこうするしか無いと自分に言い聞かせる。
はぁ、と今日何度目かわからない溜め息をつきながらタバコに火を点ける。
思えばこれを買いに行ったせいでイノリと出会ってしまったと考えるとなんだか嫌になってきたが、銘柄を変える気も禁煙する気もない。
それだけの理由で人生を揺らがされたくないと言う事でもある。
「カガリさん、あがりましたけど」
浴室からイノリの声が聞こえる。
「どうかしたか?」
「タオル……どこにあります?」
あぁ、そう言えばタオルは干したまんまだった。
「ベランダにあるから今取ってくる」
はい、とイノリの返事を背中越しに聴きながらベランダでカラッカラに干からびたタオルを回収する。
そしてそれをもって浴室の方に行こうとして、立ち止まる。
「カガリさん?」
よく考えなくてもこの壁一枚を挟んで女性が居る。それも自称他称合わせての美少女がいる訳で、少し意識してしまう自分がいる。
「……なんでも無い、置いておくから十秒後に取れ」
十秒もかけず、三秒ほどでその場から部屋に戻りたかったのに。
その三秒でイノリは扉を開ける。
「あ、カガリさんありがとうございます」
後ろを振り返らないようにしながら声をかける。
「頼むから十秒待っててくれよ」
「いいじゃないですか、減るもんじゃないんですから」
何が良いんだ、歳上をからかって楽しいというのかこいつは。
そのまま部屋に戻りもう一本タバコに火を点け、半分ほど吸った所でイノリは部屋に戻ってきた。
「やっぱりカガリさんってヘタレなんですかね」
タオルで丁寧に髪の水分を取りながら話しかけてくるイノリ。
「あぁもうヘタレでいいさ」
「ヘタレで居てもらったら困るんですよ、殺してもらえないから」
……もうなんて言えば良いのかわからなくなってくる。
「でも、そう言うカガリさんも嫌いじゃないです。少なくとも嫌いな人に殺されたくはありませんから」
「あぁ、それはどうも」
自分の思考がグチャグチャになっていくのがわかる。
恐らく最初にあの原付の男性を助けた時以上にグチャグチャにされているのがわかる。
一人の女の子に、とことんグチャグチャにされている。
8.
クロゼットを漁り、去年キャンプで使った寝袋を取り出し床に広げる。
「じゃあ俺はもう寝るからお前もさっさと寝ろ、寝袋がある」
「ベッドじゃダメなんですか?」
俺が寝袋で寝ろと?家主が?
「勝手に転がり込んでおいて初日から家主を床に転がしてベッドで寝る気か?」
「いや、一緒のベッドで寝ればいいじゃないですか」
なんとなくこう来るだろうと思って予め寝袋を用意したと言うのに。
「あーはいはい、ヘタレですまんな。俺が寝袋で寢ればいいだけだ」
「カガリさんって、大人っぽいのか子供っぽいのかわからなくなりますね」
ベッドに座りながら寝袋に入る俺を上から覗くイノリ。
「あぁ、昔からよく言われてるよ」
「強がったりして、後で一人で泣いてるタイプですよね。誰にも気付かれないような所で」
……概ね当てはまる。
「だけど、そう言う時に限って誰かが居て。それを強がってまた払っちゃうんですよね」
「そうだったよ、昔からずっと。だから人付き合いやそう言う事が嫌いだった」
イノリはクスっと笑うと俺の頭を撫でる。
「大丈夫です、カガリさんは私の事ちゃんと殺せますよ」
手を払いのけようとするも、先程の言葉が引っかかる。
「何度も言うがお前を殺す気はない。落ち着くまでここに居させてるだけだ。捜索届が出たら大人しく帰ってもらう」
「その時は大変ですね、女子高生を連れ込んでるだなんて。世間から見たら拉致監禁です」
あぁ、そう見えるなと笑う。
「だから、そうなる前にお願いしますね」
「拉致監禁の方が罪は軽いと思うんだがな」
それを聞くとイノリはまた笑う。
「そうなったらとても酷いことをされたって言いふらしちゃいます」
「一切酷いことをしてないのにか、困ったなそれは」
してるじゃないですか、とイノリは頭から手を退ける。
「私を殺してくれないじゃないですか」
「逆になっても一番酷いことに当てはまるけどな、殺人なんて」
そう言うやり取りをしている中で段々と睡魔に襲われる。
寝る前の記憶はあまり覚えていないが。
「おやすみなさい」
とだけ、イノリが呟いたのだけは鮮明に覚えていた。
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