決意をする

「えぇホント!?」


【ええ本当よ。それならカインも文句ないでしょう?】



 アリシアが生き返る……?

 

 

「いやいやいや……何を言ってんだ。もう骨になってる死者を生き返らせるなんて……そんなのいくら伝説のサキュバスだからって出来る訳……」


【私が現世へ再び降臨する為には、封印を解くだけじゃなくて、肉体そのものも必要なのよ。フレアちゃんの母ならばこれ以上のモノは存在しないわね】


「どうやって生き返すんだよ」


【骨の一欠片あれば、そこから導き出される記憶や情報を元に完全復元させるわ】


「ふざけるな! そんなの禁忌魔法にまで達してる域だろ! 赦される訳が……!」


【残念だけど、悪魔である私にヒト風情の倫理なんか意味を成さない。別にフレアちゃんの魂をそのまま私の魂で上書きしても構わないけれど、それだと味気なさ過ぎてね】


 

 さらっと言いのけたが、とても恐ろしい事を口にしている。やはりこの悪魔は紛れもない悪魔だ。

 

 

【それに――アナタの中は、とても空っぽ。フレアちゃんの前では努めて明るくしようと振る舞っても、常に心の何処かでその人を求めている】



 求めている。――その言葉に、胸の奥がズキンと痛んだ。



「……何言ってんだ。アリシアはもう死んだんだよ。諦めなんてとっくに――」


【嘘ね。アナタは今だって悩んでるじゃない】



 ――やめろ。



【カインは本当は逢いたくて仕方ない。でもそんな事を想ってる暇もないくらい、現実の忙しさに苛まれている】

 


 ――――やめてくれ。



【でもそれは、ただ紛らわしたいだけ。だから日々身体に鞭を売って自らの命を投げ出すように】


「――やめろ! 頼むからやめてくれ……」



 耐えられなかった。この悪魔は俺の心を全て見透かしてるとでも言わんばかりに、核心を何処までも突いて来る。

 

 

【私が言うのを止めたって、何も変わらないわ。それだけならまだしも、このままだと『また誰かを失う』のは分かってるんでしょう?】


「誰かって誰だよ!」


【知ってる癖に。今更フレアちゃんの事なんか、言うまでもないでしょう?】



 ……コイツ、俺のみならず、フレアの事情までも……。


 そうだ。そうなのだ。フレアは単に身体が弱いだけじゃない。アリシア同様、医者からはもう長くはないと宣告され、10歳まで生きられるかどうかというレベルで弱り切っていた。だから俺は一日一日を充実したものにしようと、少しでも長くフレアに寄り添って来た。

 

 

「くそ……俺は……。どうしたら……」

 

【貴方達が自分達の道を歩むというのなら、私は大人しく引き下がるわ。でも一番気持ちを大事にしなくてはならないのは、他ならぬあの子自身。そうだとは思わない?】

 

 

 フレアは変わらず本を読んでいた。それはいつもと変わらない日常の風景で、ただ一つ違うといえば、今フレアは悪魔になっているという点だけ。



【後5分よ】



 イザベラはそんな俺の葛藤や苦しみも知らず、まだかまだかと急かす。

 

 ――すると、突然フレアは読んでいた本をバンと閉じて、急に立ち上がったのだ。

 

 

「うん決めた! ボク、悪魔になる!」


「そうか悪魔に……。……なんだってぇ!?」



 聞いた。ついに聞いてしまった。俺の息子が、人間から身も心も悪魔へと変わろうとしている。

 

 

「悪魔になっちゃうの、ちょっとだけ……ホンのちょっとだけ怖いけど、でもやっぱりボクはパパとの夢を叶えたい」



 いや違った。心は悪魔なんかじゃない。れっきとした人間で――俺の子だ。

 

 

「フレア。俺の事なんか気にしなくていいんだ。だから――」


 

 それでも、まだ僅かに残っている俺の理性が邪魔をする。引き返すなら今しかない、どんな過酷な運命が待っているか分からないんだ――と。

 

 

「嫌だ。ボク、お家でじっとしてるのもう嫌だもん」



 ――初めてだった。フレアが、こんなにはっきりと拒絶するのは。同時に、フレアがこれだけ真剣な瞳で俺に訴えかけてくるのも。

 

 

「それにね、パパ。ボク知ってるんだよ。このままじゃ長く生きられないの」


「え……! ななな、どどどうして!?」


「パパがお医者さんと話してるの、ボクも聞いちゃったの」



 ……ハハ。全部知ってたって訳か。



【カインの負けね】



 ……。そうだ。俺は負けた。フレアの気持ちにすら、勝てなかったな。

 

 俺が何を言ったって、もう変わらないだろう。フレアはもっと生きていたい、俺だって生きていてほしい。それに毎日夢見ていた冒険に出られるなら、それに越した事なんてないじゃないか。



「信じていいんだな……イザベラ」


【元より私は貴方達を頼るより他ないもの。気に入らなかったらいつでも教会にでも行って魂を浄化すればいいじゃない】


「……そうか」



 だから俺も、ようやく覚悟が決まった。……のかも知れない。不安は当然大いにある。でもこうしていられないのだけは確かだった。



「フレアも、本当にそれでいいんだな?」



 俺の視線を逸らさない問いかけにも、強く頷いて応える。

 


「これからとーっても大変になるぞ? それでもいいんだな???」


「うんっ! パパとお姉ちゃんがいるから平気! それに魂美味しかったからまた食べたいな!!」



 その発言だけを聞くとやはりゾッとする……。が、道を踏み外さないように見守るのは親の務め。もう後戻りは出来ないのだから。



「よーし。いっちょ冒険……してみるかぁっ!!」



 もう一度。もう一度だけ俺はあの日を夢見たい。アリシアが生きて、笑って、フレアが喜んでいる姿を見たいんだ。

 

 だから俺に……もう一回チャンスをくれ。

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