家に帰って来れたらしい
さて、どうしたものか。
まずは無事に家に帰ってこれた事に安堵したい。何故なら『この状態』になってしまったフレアと一緒に帰るのに、とても苦労したのだ。万が一にでも人目について『悪魔と一緒だった』なんて噂されたら俺達の未来はその時こそ閉ざされてしまう。おまけにふよふよと浮かぶ見るからに『怪しいオーブ』付きだ。ちなみにだが、街の入口の衛兵には悪いが再び眠って貰った。
「じゃあイザベラ、改めて今の状況を説明してくれるか? お前は何者なんだ? それにフレアは一体どうなってしまったんだ?」
【私は遠い昔、同族によって封印されたサキュバスロード・イザベラよ。そこは理解したかしら?】
「ロード? まさかお前はサキュバスの王だとでも?」
【知らないわね。勝手に他の同族が気付けばそう呼んでただけで、本当の王は別にいたわよ。ま、その王が私を恐れたから、こうやって封印されちゃったんだけどね】
まるで興味無さげとでも言わんばかりの素っ気無い態度だった。
「……へえ。で、そんなご大層な悪魔が一体どうしてウチの娘――じゃなくて息子に憑りついたんだ?」
【別に細かい理由なんてないわ。ただこの子は『私の魂に引き寄せられた結果、同調して融合した』から。それだけの話よ】
「だからそれだけ聞いたって『はいそうですか』って納得できないってんだよぉ!! 大体お前が勝手にフレアを選んだだけの話じゃないのか!?」
【封印されてたのに私が勝手に選べる訳ないでしょ。解いたのは他でも無いあの子なんだから。言ったでしょ、これを選んだのはあの子の意志だって】
そう言われたら俺は何も言い返せなかった。
「……ひとまず分かった。で……だ、フレアは元に戻るのか?」
起こってしまったのは致し方ない。さっき暴走気味になってしまったのも多少は目をつむる。だからこそ俺は単刀直入に聞いてみた。
【そうねぇ。結論から言えば、出来るわよ】
それを聞いて、俺はほっと一安心した。
【でも、時間的には後融合を解く猶予は10分程度しかないわね】
「はぁ!? なんだとぉ!? 何故に!?」
【私とこの子の魂が予想以上に同調しているのよ。このままこの子が『私』として定着するのは問題ないくらいにね】
――前言撤回。ならばこんな悠長に過ごしている暇など無い。俺は遠くで本を読んでいるフレアに向かって叫んだ。
「フレア! 急いで元に戻るんだ!」
「えー? どうして?」
「ど、どうしてって……。な、中にいる人は悪い人だからだよ!」
「そうなの? でもボクね、お姉さんと一緒にいるととても安心するし、身体がすっごい軽いんだよ。それでもダメ?」
とても純粋な瞳だった。見た目がサキュバスになっても、悪魔であっても、心は何一つとして変わらない。本心からフレアは離れたくないと――そう言っているのは間違い無かった。
「……イザベラ。もし仮にお前がフレアから分離したら、フレアの身体はどうなるんだ?」
【特にどうもならないと思うけど。いつも通り人間として生きるだけじゃない?】
「それは、身体が弱い部分も含めてか?」
【そうね。今この子の身体のほとんどは、私の魂から注ぎ込まれている精力や魔力で補完されている。それらが失われたら、また元の状態に戻るだけね】
「そうなのか……」
フレアの瞳はまだ悲しそうだった。……どうしたらいいんだ。こんな形で今後の人生を決める重大な選択を迫られるとは思わなかった。
「なあフレア。フレアは本当に今のままでいいのか?」
「……うん。でも……どうなのかな」
一度は頷いた。しかし、その後に見せた迷いで、フレアもまだ完全に決意した訳ではない事が分かる。
「イザベラ、最後に聞きたい事がある」
【何かしら】
「お前の目的はなんなんだ?」
【うーん。まずは言わずもがな、私の本体の復活かしら】
「本体の復活? お前はあの封印塚に封じ込められていたんじゃないのか?」
【間違っては無いけど正解とも言い切れないわね】
「……? どういう事だよ」
【私の肉体は遥か昔に同族によって施された『六芒封印』という特殊な封印によって封じ込められていて、その一角をようやく壊されただけに過ぎない。だから今フレアちゃんは私の6分の1程度の力しか引き出せていないのよ】
「は……? 6分の1……?」
今日は驚いてばかりだ。六芒というのは、十中八九悪魔の象徴とも言える『六芒星』を象った形だろう。つまり、後同じような封印が……。
【察しの通り、私の封印塚は後5つあるわ】
「まさか……その封印を全て解く為にフレアを利用する気だと言うのか」
【その子が納得さえすればね。それに悪い話ばかりじゃないわよ。もし封印を全て解放すれば、元の身体は返してあげるわ。勿論その子の病気は全て治った上でね。どう?】
「……それは交渉のつもりなのか」
【そう取って貰ってもいいわね。どちらにしても時間はない上での話よ】
迷っている時間はほとんど無いらしい。もしイザベラの言う通りならば、俺が許可してもしなくても、イザベラの魂はフレアの肉体と直に完全に融合する。
「じゃあ仮に拒否したら、どうするつもりだったんだよ」
【……さあね。大人しくまた眠るか……新たな器を探しに行くか】
その言葉は、今まで聞いた言葉で最も空虚な言葉だった。当てもせず、期待もせず、ただ吐き捨てるだけの言葉で。
「……それにしても意外だ」
【何がよ】
「いや……てっきり伝説の悪魔だなんだって噂されていたから、解放されたからには非道の限りを尽くすのかと思いきや……」
【魂だけが浮遊している状態でどうやって非道の限りを尽くせというのよ】
「まあそりゃそうだが……」
【――それにね、私はただ活きのいい魂を食べたいだけ。ただ悪魔としての本能に忠実なだけの存在】
「食べたいだけ?」
【人間であろうと、魔物であろうと、天使であろうと同じ悪魔であろうと魂に種族の違いや優劣はない。そしてその心に巣食う欲望や憎悪が深ければ深い程、それが強者であればある程、より美味になる。貴方も一度食らってみるといいわ。病みつきになるわよ?】
「いや、結構です……」
悪魔でありながら悪魔すらも超越したような考え方や概念に空恐ろしさを覚え、不意に背中に悪寒が走った。
【所で、その額縁の写真。それが貴方の妻なの?】
「あ、ああ。そうだ。アリシアって言うんだが、5年前に他界してしまったよ」
【……ふーん】
とても意味深な頷き方に、俺は何故か嫌な予感を覚えてしまった。
【ねえフレアちゃん。貴女、ママに逢いたいと思った事はないかしら?】
「うん、あるよ! でももう死んじゃってるから……」
【それなら心配いらないわ。私と一緒に来たら、ママを蘇らせてあげるもの】
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