蹂躙するらしい

「……いい、いいよぉ。ゴブリンちゃん達のその欲張りな顔、すんごいエネルギーに満ちてるのが分かるの。ボク……ゾクゾクしちゃう。だからね――」



 数十体に及ぶ魔物の群れの真ん前に優雅に降り立ち、囲まれてもなおフレアは動じない。それどころか身震いすら起こして快感に浸っていた。



「その元気な魂、ボクが一つ残らず、ぜーんぶ食べてあげる♪」


「ウルセーッ!!! ソノ生意気ナ口、イマスグ塞イデ犯シテヤルッ!!!!」



 先に動いたのゴブリン達からだった。フレアがそれに反応したのはほんの一瞬。だがその一瞬さえあれば、奴等を仕留めるには十分だと判断したのだろう。

 サキュバスと化したフレアの魔力が、食欲という感情によって高められる。それは両方の腕から手へ、指から爪先へと集中的にエンチャントされると、より鋭利な武器へと化していた。

 

 フレアが腕一つ振るう度、紅の軌跡が弧を描き、まるでスライムを斬り裂くかのようにゴブリンの胴体は簡単に真っ二つになる。力技で強引に棍棒を振り回して来るオークに対してはなんと素手で受け止めて、そのまま投げ捨てる。

 

 ――信じられなかった。圧倒的だった。これが生まれてからずっと病弱だったフレアとは思えなかった。蝙蝠のように不気味に艶めいた羽根を自在に操って縦横無尽に駆け回り、周囲にいるゴブリンやオークの群れをいとも簡単にあしらい、そして『殺している』のだから。

 

 動きが速かったり、屈強そうな獲物に対しては金色の瞳で射抜いて【直接魅了】し、真っ赤な爪でその身を引き裂く。それによって纏わりついた血をとても美味しそうに舐める。またある時には魔法で以って【拘束】して、がら空きになった身体を攻撃魔法で貫いた。

 

 

【フレアちゃん、魔物を大分やっつけたからそろそろ『魂の具現化』をしなさい。その方が食べやすいわ】


「魂の具現化? それってどーやるのぉ?」


【自分の欲望に従って魔力を行使しなさい。それで出来る筈よ】

 

「うーん。…………。……こんな感じ?」

 

 

 フレアが言われるままに亡骸となったゴブリンの身体に何らかの魔法を施す。すると、ふんわりとした形の何かが現れ、そのままフレアの方へと引き寄せられる。――――そして、



「んぅ……はむっ」



 ぱっくりと口を開けると、それ等は娘の中へと吸い込まれて、消えた。


 

「――んん!? なにこれぇ、おいしーいっ♪♪♪」

 

 

 絶品料理を初めて口にした時のような反応で悶えるフレア。その瞬間の頬を赤らめ、欲情しきった顔も、正に小悪魔の権化とも呼べるべき姿だった。

 

 

(何を……。一体何を見せられてんだ俺は?)



 かつては俺も冒険者の端くれ、悪魔が魂を食らうというのは普通に知っていたし、それ自体には特段驚いてはいない。



『アイツヨクモ仲間ヲ!! オマエラヤッチマエーッ!!!』



 同胞が食べられた事に対する怒りでいっぱいのゴブリンやオークの群れは今や完全に理性を失くし、その仇を討たんと仲間を呼び、全員で一斉に襲い掛かって来たのだ。



「なっ! あの数は流石に……!! フレアっ! 今助ける!!」



 モンスターの群れの奥にはゴブリンキングやバーサクオークなどもいて、いずれも危険度Aクラスに匹敵する。それなりに腕のある冒険者でも、パーティを組まなければ討伐はおろか撤退すら視野に入れなければならない超危険な魔物だ。それが一、二体どころの話じゃないのだから普通なら尻尾を巻いて逃げなければ命なんていくつあっても足りない。

 

 

 ――――なのに、その心配は杞憂に終わる羽目になる。何故かって?



「……んふっ♪」



 妖しげに笑み、舌舐めずりするフレアに、俺の飛び出そうとした足が止まってしまったからだ。理由は分からない。

 

 

「みんなで来るのぉ? もっと楽しみたかったけど……パパも心配してるし、もう終わらせよっかな♪」



 満足そうに笑みを浮かべながら掌に『炎』を作り出した。その炎は、淀んだ黒いマナによって幾重にも圧縮されると、小さなボールの大きさにまで縮む。



「めんどいからまとめて食べちゃうっ。【ダークネス・フレア】で――――」



 一騎当千の強さを誇るフレアを見て、一人二人……いや10人ですら歯が立たないと瞬時に思ったのだろう。魔物の群れを統率するボスオークが全体にそう指揮をし、最後には自らも巨大な棍棒を担いで攻めに行く。





『ウヲヲヲッッ!! アノ生意気ナガキヲコロセェェ!!!!』



「――――『死ね』♪」





 自らの名前も冠した暗黒の業火が無造作に投げられ、地面に着弾した瞬間、それは俺の想像の10倍以上は超える威力で爆ぜた。咄嗟に防御魔法で自らの身を防いでなければ、自分もその余波で無事では済まなかっただろう。



 ――――。



 草の生えていた地面は一瞬で焦土となり、焦げ臭い匂いだけが、周囲を包んだ。魔法によって抉り取られた地面には、黒焦げになった魔物の残骸が一部残っていて、その威力の無慈悲さを物語らせている。

 

 

 しばらく俺は口を開けなかった。

 

 ――何故だろう。

 

 この凄惨過ぎる光景が恐ろしかったから? 

 

 ごくりと唾を飲み込む音だけが俺の空間を支配し、その音でさえもフレアの耳に届いてしまうんじゃないかと思えるくらい、怖かったから?



 ――なんて思っていたら目の前に飛び込んで来た。フレアだった。

 

 

「パパぁ! いっぱい魔物やっつけたよ! 褒めて褒めて♪」


「お、おお……。そう、だな……」



 胸と身長以外はしっかりと引き締まった『女性』らしい体つきに、これが息子だとはどうしても思えず目のやり場に困ってしまう。

 

 

「フレア、本当に何ともないのか……? 身体の具合は……?」


「うんっ! 大丈夫だよ! ボクに語り掛けてくれるお姉さんがね、すっごい力を与えてくれるのっ!!」


 

 姿、見た目は変わっても、ハキハキとした返事や雰囲気は確かに俺の息子そのものだった。特に笑った時にはにかむ口元なんか瓜二つで、疑いの余地なんてないのだと遠回しに訴えかけて来るようだった。



「なあフレア」


「なーにパパ?」


「本当にフレア、なんだよな?」



 その問いかけに『うん』とはっきり頷き、やっと俺は現実なのだと改めて実感……した気がした。

 

 

「一体どうすりゃいいんだ……」


【取り敢えず一回家に帰ったらどう? 気持ちの整理も必要だろうし】


「まあそれは確かに……。ってお前が言うセリフじゃなくてだな!?」



 くそ、フレアをこんなのにした張本人の癖して意外とまともな事言うから逆に腹が立つ。

 

 

「なあフレア、どうしてそんなに嬉しそうなんだ……?」



 俺はその時、単純に疑問に思った事を口にしてみた。イザベラは言っていた、これはフレア自身が望んだ事だと。自慢じゃないが俺は何年もフレアの隣で見て来た。だからフレアの歓びが本心かどうかくらい、分かる。――だからこそ、不安に思うんだ。どうして『この状況を愉しんでいる』のかが。

 

 

「だってこれでパパと一緒に冒険に行けるんだもん。そう思ったら嬉しくて!」



 ――冒険。

 

 その言葉は俺が過去に置いて来たものだった。

 

 あの村でアリシアと出会って、フレアが産まれて。


 楽しい事や辛い事も、全部詰まっていたけれど、どっちかって言えばやっぱり辛い事の方が多くって。

 

 

「お、おい! イザベラ!」

 

【はいはい。何か用?】


「フレアの身体はどうなったんだ! フレアは昔から身体が弱くて、村の医者からもまともに外には出歩けないって言われてたんだ。だから普通は魔法や戦う事はおろか、走る事だって難しかったんだ! それが……!」

 

【そんな人間風情の病気の一つや二つなんて、私の魂があれば取るに足らない問題に決まってるじゃない。こう見えて封印から解き放たれた伝説のサキュバスよ?】


「なんだって……? じゃあ何か、今フレアは身体的には普通の健康な状態と変わらないって事か?」


【そうね。ただし――】



 そこまで言ってイザベラは言うのを止めた。

 

 

【まずは帰った方がいいわね。ここにいるとこの子から出ている魅了のオーラにまた魔物が引き寄せられてしまうわ】


「ま、マジか。それは早く帰った方がいいな……!」



 ここにいて他の誰かに見られても面倒なのも確かだな。

 

 ――こうして、俺は全てに納得がいかないままに、家へと帰宅する事になった。

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