伝説のサキュバスらしい

「あは♪ ざぁこ♪ 伝説のサキュバスに生まれ変わったボクのエナジードレインで逝っちゃうの? ほらほら、足掻いてないで早く逝ってよ♪ クソ雑魚オークの魂ちょーだい♪ フレアをもっと満足させて♪」



 ――俺は夢でも見ているのか? ――自分で頬をつねってみる。――痛い。ヒリヒリする。うん、これはまごう事無き現実だ。落ち着くんだ俺、状況を整理するんだ。

 

 あれは確か……。

 8歳になったばかりの息子が、散歩に行ってくるって言って。

 帰りが遅くて変だなと思ったら、村の裏口の衛兵が眠らされてて。

 流石に様子がおかしいと思って森の外れにある『名も無き墓』へ向かったら物凄い数の魔物がいて。

 

 そしたら――、

 


「足りない! 血が足りないよぉ! ボクをもっと愉しませてよ!」



 一人の少女が無数の魔物と戦っていたのだ。――いや違う、こんなのは戦いじゃない、これはただの『蹂躙』だ。もっと言えば『少女』とすら呼べない。だってあれはヒトとは遠くかけ離れた『悪魔』で、向かっていくゴブリンやオーク、そのどれもが成す術無く爪で斬り裂かれ、あるいは魔法で身体ごと吹き飛ばされているのだから。

 

 シルクのように流れる紅の長髪。竜のように瞳孔が鋭く開いた金色の瞳。エルフのように尖った耳。ずんぐりと捻る山羊の角。大きく生えた蝙蝠の羽根。つるんと艶めくハート形の尻尾。極めつけは身体の際どい箇所をエロティックに露出させたゴシック調のドレス。これらを全部加味した上で、一言で表すなら――――『ロリなサキュバス』だ。

 

 小さいとは言え、悪魔は悪魔。戦闘力の高い危険な種族である事に変わりはない。どうしてこんな場所に悪魔がいるのかは分からない。でも一番重要なのはそこではなくて――、



【あ。アナタがあの子の父親ね。魂の波動が似てるからもしかしてと思ったけど】



 誰かが耳元へ囁きかけるように、突然話しかけて来た。慌てて周りを見渡しても、声の主は見当たらない。



「なななんだお前は!?」


【私はイザベラ。あの墓に封印されていた伝説のサキュバスの魂】



 大人びていて麗し気な女性の声は聞こえるが、相変わらず近くに人はいない。――そこで分かった。これは誰かが魔力を通じて俺の中へと直接語り掛けているのだ。

 

 ――ていうか最初なんて言った? あの墓の中身は伝説のサキュバス? いや違うそこじゃない。『あの子の父親』? 何を言ってるのか分からないが、冗談も休み休み言え。俺にはフレアっていう立派な息子がいて、あんな悪魔の親になった覚えなんて――。



【ならあっち見なさいよ。墓、壊れてるでしょう?】



 視界の片隅には、確かに墓石の上部がハンマーか何かで砕いたようにゴッソリなくなっていた。

 

 

【あれは私を封じていた封印塚。そこにあの子がさっきやって来て、私の魂と呼応して融合したのよ】

 

「いやいや何言ってんだ! 俺はこんなのに巻き込まれたくねえから逃げるぞ!」

 


 俺も元冒険者だったとは言え、今これだけの数を相手に立ち回れる自信など無い。だから足を一歩下げて戦略的撤退を図ろうとしたその時――、

 

 

「――あっ! 『パパ』だぁっ!!!!」

 

 

 あのロリータなサキュバスと目が合った。そして身動きする間もなく、俺は一気に抱き着かれる。

 

 

「んぁ!? だ、誰だぁお前は!!??」


「ボクだよぉフレアだよ!! ホラ見て見て! ボクこーんなに元気になったんだよ!!」

 

 

 ぴょんと軽快にバックステップして、くるりと一回転する。それに応じて尻尾や羽根も揺れたり靡いたり、生き生きとした『サキュバス』としての姿を俺に見せつけて来る。

 

 

「嘘……だろ?」


【だから最初に言ったじゃない】


「本当にフレアだってのか……?」

 

【媚香だけでここまで惹き付けるなんてすごい素質ね。だからこれだけのモンスターを引き寄せてしまったのね】

 

 

『ギギ―ッ!!』



 後ろから荒ぶった声を聞かせるのは、さっきまで戦い合っていたゴブリン達の集団だ。よく見るとほとんどの魔物が頬が紅潮し、肩で息をしている。半開きの口元からは薄汚く涎も垂れ、醜悪さをよりかきたてる。



『ヲイ!! オレタチヲムシスルナ!!! モモモットタノシマセロォ!!!』 

 

「あっ忘れてたぁ。待っててねパパ、邪魔するヤツはフレアがすぐ『殺して』来るから♪」

 

 

 そう言ってフレアと名乗るサキュバスは再びゴブリンの下へと飛び去って行く。パタパタとはためかせる翼が何とも可愛らしい。

 


【うーん少年の時も可愛かったけど、ロリ悪魔としての姿はより格別ねえ。私も小さな女の子好きだし】



 伝説の悪魔とやらにしては性癖が少々拗れてる気がする。だがそれはそれとして、あの子がただの小悪魔じゃないのは俺とて伝わって来る。肌や髪もツヤツヤ。角や爪もピカピカ。服だって皺ひとつ見当たらない。内包されている魔力が抑えきれず、絶えず全身から滲み出ている。そんな悪魔としては100点満点の容姿に、思わず見惚れていた自分がいるのも確かだった。

 

 

「だぁあああー!! でも違う、そうじゃねえ! じゃじゃじゃあ……お、おおおおお前が本当にフレアをあんなんにしししたのってのかぁッ!?」」


 

 動転していて呂律が上手く回らない。恐らく人生でこれだけ気が狂ったのは初めてだろう。



【さっきからそうだって言ってるじゃない。そう言えばアナタの名前聞いてなかったわね】


「ああ、俺の名前はカイン……って今自己紹介してる場合じゃないんだよぉっ!! 一体全体どういった経緯で、何を間違えたら息子がサキュバスに変身するんだよ!? お前がそう仕向けたんだろ!?」

 

【――違うわね。あれはあの子の『意志』よ】

 

「なんだってぇ……!?」

 

【疑うのなら黙って見てなさい。――あの子が愉しそうに戯れる様をね】

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