第11話 調査は開始されたが・・

それからの数日、光一と勉は忙しくなった。何はともあれと、勉強熱心な生徒たちの目録を作り始めたのである。

「これを使いたまえ」と清水探偵から渡された超小型カメラ内蔵のメガネをかけ、校舎を歩いて回り、休み時間に必死に勉強をしている生徒たちの写真を撮っていったのである。これが頭の中での計画と違い、やってみると恐ろしく大変なことだった。


勉はともかく光一は、普段休み時間を共に過ごしていた仲間とうまく離れなければならなかったし、何よりも、二年B組の生徒達の行動エリアを超えて行動するということは、それだけで、ひどく気を遣うことだったからだ。おまけにふちの厚いメガネで写真を撮っているなど、怪しまれてもいけない。教室内にいる生徒を写真に収める時は

「えーと○○君は・・」

と人を捜す振りをして教室をのぞき込み、メガネの耳架け部にあるシャッターボタンを押した。


一年二年のいる一階二階での撮影は一応スムーズに済んだが、さすがに三年生のいる三階の廊下や、教室では胃が痛くなるほどに緊張した。

受験シーズンの手前である。当然、勉強をしている生徒も多く、写真撮影の回数も多くなる。それで、いちいち止まっていると、「おまえら何見てるんだよ」と睨みつけられた。それだけならいいが、「二年生は三階にくるな」と無下むげに追い払われることもあった。勉の家にあった照度計を持ち出して「廊下や教室の明るさを調べているんです」と何とか取り繕ったが・・結局、全部の教室を回るのに、一週間もかかってしまった。

ひかり(雷丸)は、光一らと共に行動したがったが、何もしないでも目立ってしまう女子がいては、都合が悪いということで、外れてもらった。

撮った写真は、ひかりに見てもらい、例の怯えを感じた生徒の顔をプリントし、清水探偵に渡した。探偵は、その姿をよいことに、その生徒の動きを探った。

夕刻、家を出た生徒達は、皆、同じ場所、【英才ゼミナール】に向かっていた。


国道沿いにあるその塾には、日曜日に皆で様子をうかがいにいった。壁が真っ黄色に塗られた五階建ての建物だったが、

「ここには苦しんでいる精霊や、人を害する精霊の気配はありませぬ」

中に入るまでもなく、ひかりが断言した。


先生の家の蔦の葉が示しているのは、北の方角。やはり塾のある位置とはズレていたのだ。


「異変はすでに起こっているはずなのだ」

清水探偵は、北の方角を調べ続けた。しかし、その方角は、ビルが建て込んだ地域と重なり、人目につけばすぐに保健所の野犬係に通報されてしまい、犬の姿で歩き回るのには限界があった。

念のため、ひかりがハヤブサの姿になって夜の上空を飛んだが、求めている精霊の気配は得られなかった。

「精霊がいるのは地下のどこか」

ひかりはいった。



何の手掛かりも得られないまま、光一と勉はいつもの生活に戻った。

ひかりは、同居している先生の教育もあり、皆の前で光一に駆け寄ろうとはしなくなった。しかし、言葉遣いは変わらず、他生のことは、「君」「さん」付けで呼ぶ一方、光一だけは「殿」付けで呼び続けた。


「僕だけ、殿をつけるのはおかしいよ」

ある日の放課後、光一はそのことを指摘したが、ひかりはすぐに首を振った。

「それは、あるじの立場にある方が、疑問とすることではありませぬ」

「主だなんて、そんなつもりないよ」

「そうでないならば、ここに、私がいる理由はありませぬ」

ひかりはそういって、鋭く光一を見つめ返した。


確かに雷の精霊が、おとなしく中学生活を送っているなど奇妙なことであった。勝手気儘かってきままに空を駆け、爆裂する雷を発してもよいのだ。それをしないのは、光一が霊力を握る左手を持っているからなのだ。

光一の呼び方について、クラスメートは、冷やかしたり首を捻ったりしたが、先生が「亡くなったお祖父さんも、光一さんだったから、君付けはしづらいのよね」と一言とつけ加え、さらりと流れてしまった。


それにしても、ひかりは際立っていた。

勿論もちろん、とびきりの美人で、勉強もスポーツもできる才女で、神秘的で・・・それだけ揃っているのだから当然かも知れない。

「けど、何か違うんだよな」時折、光一は勉につぶやいた。

立ったり、歩いたり、微笑んだり・・当たり前の所作に、みやびともいえる高貴な魅力が滲み出ていたのである。

「うん。やはり彼女は雷の精霊。人間の脳に作用する電磁波みたいなもの発しているのかもしれないね」

当たり前のようにいう勉だったが、光一は納得できなかった。


人を惹きつけるひかりの魅力は、それだけではなかった。

音楽室で授業があった時のことだ。チャイムが鳴る前に、ひかりは、和楽器の横笛を何気なく手に取って構えると、いきなり吹き始めた。後から音楽専科の厳しい男性教諭がやってきたが、とめたりはしなかった。

その胸奥に響く、美しくも悲しい音色に、教諭も心を奪われてしまったのだ。皆、途中から涙が溢れて止まらなくなってしまった。そのまま、授業時間になっても吹き続け、ひかりが笛を置いた時、誰も気付いていなかった授業終了のチャイムが鳴っていた。

「素晴らしい。どこで習っていたのかね」

教諭が聞いたが、ひかりの口からは「知りませぬ」という言葉が返るばかりだった。その時に浮かべていた深い憂いを含んだ表情に、誰もそれ以上は尋ねることはなかった。



一方、清水探偵は、なんだかんだと理由をつけ、毎朝のように光一を待ち伏せしていた。

最初の頃は、時間をずらして、勉の家の方にも行っていたらしいが、いくら驚かしても

「何の用ですか?」

とつれなく聞かれるばかり。それで、サービス精神のある光一に絞ったようだ。おかげで光一の、しょうもないジョークや驚かしへの反応は、より磨きがかかることになった。


ある朝、光一は清水探偵に聞いた。

「清水探偵の家のあのつたの葉は赤いままだけど、事件らしいものは起こっていないよ。もう、放っておいてもいいのではないの?」

「いや、精霊は苦しんでいる。そして生徒たちは何かに怯えている。表面化こそしていないが、既に何かが起こっている。そもそも、探偵という仕事はすごく地味だし、時間もかかるものなんだ」

そう返事をした清水探偵の顔は引き締まっていた。

「でもなぜ、そんな熱心に首を突っ込むの。精霊のことを大切に思うのは分かるけど、探偵料などもらえないのでしょう」

「確かにな。しかし、これがわしの仕事だ。それに金銭などには代え難いものが得らえる。まあ、それはこの一件が解決したら君にもわかるというものだ」

清水探偵は話した。

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