第18話 小満

「あーもう!何なのこの髪」


 私はドレッサーの前でブラシを投げ捨てそうになる。梅雨が近づくこの季節。私の癖毛は言うことを聞かない。

 好き放題に跳ねた髪を束ねて誤魔化す。私はサラサラの髪を下ろして学校に行きたいのに現実は無常だ。


「ねえ!ストレートパーマしたい!」


 私が叫ぶと遠くにいた母が冷たくあしらう。


「何言ってんの。お金もったいないでしょ。それとも何?テストでいい点数でも取ってくるっての?」

「……」


 母の言葉に何も言い返すことのできない私は黙り込んで鏡に向き合う。母は天然パーマじゃないから私の苦悩なんて知らないのだ。

 私はこの髪が気に入らない。友達に「すごい天然パーマだね」とからかわれる度に気分が落ちる。私だって癖一つない綺麗な髪で学校に行きたい。

 一つ自分の気に入らない部分を見つけると全てが嫌になる。梅雨前のどんよりとした空もまた気持ちを下げる大きな要因だ。


 ドレッサーに何かが飛び乗ってきた。


「……てまりー」


 小さい頃から飼っている雌猫、てまりだ。三毛猫の模様の上に縞模様が見える珍しい毛色の猫だった。縞三毛と言われる種類らしい。


 私はドレッサーの前に座るてまりの小さな背中に顔を埋めた。ふわふわの毛がクッションのようで気持ちいい。湿気を含んでいるせいか、いつもよりふわふわ感が増している気がする。

 てまりは器用に私から離れると私の髪の毛をペロペロと舐め始めた。


「てまり。もしかして私の癖毛直してくれてるの……?」


 私は嬉しいのやら悲しいのやら……ふわふわした気持ちになる。てまりはこうして時々私の毛並みを整えてくれる。お風呂上がりの濡れた髪も舐めて乾かそうとしてくるのだ。てまりにとって私は子供なのかもしれない。

 それにしても朝、毛づくろいしてくれるのは初めてだった。もしかして私が騒いでたからなだめに来てくれたのかもしれない……。

 


「……ありがとう。てまり。元気出た!」


 てまりの顎下を人差し指で優しく撫でてやる。ゴロゴロと気持ちよさそうに鳴いた。

 私は言うことを聞かない髪を一つに纏める。先ほどまでの沈んだ気持ちはどこかへ行ってしまった。自分の髪が嫌いなことに変わりはないけど、今は少しだけ満足している。



「今日も髪の毛くるくるだねー!」


 通学途中で出会った同級生たちが笑う。でも今日の私は一味違うんだ。


「いい毛並みでしょ?」


 同級生たちは「毛並みって何それー」と可笑しそうに笑った。


「癖毛も良いと思うけど」


 同級生たちの中からそんな呟きが聞こえた。私はその呟きを聞き逃さなかった。声の主は男子生徒のものだ。私は心の中にその言葉をしまい込む。

 

 雲の切れ間から光が差し、新緑の木々を照らした。日が出てくると汗ばむ暑さになるから季節は確実に夏に近づいているのだと分かった。

 梅雨と癖毛の悩みを吹き飛ばし、夏に思いを馳せる。今年の夏休みは何しよう。










 

 

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