第16話 穀雨
皺の少ない制服。履きなれないローファー。重いリュックサック。
私は早くも新生活に飽き飽きしていた。通り越して憂鬱になっている。何だかもういいよ、何もしたくないという気分だ。
「今日雨降るみたいだから傘持っていきな。こういう中途半端な天気がいっちばんやなのよ」
「……はーい」
母の苛立った声を聞いて朝からげんなりする。
理由は特にないが今日は外に出たくない気分だった。天気が悪いせいかもしれない。
学校……というか外に出るのが嫌でも体は黙々と朝の支度を進める。我ながら人体は凄いななんて思う。
そんな薄暗い私の心などお構いなしに台所でミャーミャーという鳴き声が響いた。
「ちょっと!ミク鳴いてるから様子見てやって!」
「……はーい」
朝食を中断すると私は台所に向かう。自分のペースを乱されて内心イラっとしたがその姿を見ると気持ちが吹き飛んでしまった。
私を期待する眼差しで見ていたのは、可愛いの塊、毛玉の生命体……猫だ。三毛猫なのだが色合いが薄いのが特徴的だった。
数か月前に家に来たばかりだというのにずっと昔からこの家に来たみたいな顔をしている。自由な猫だ。
今もみゃあと鳴いて私に水を催促している。
「あのねえ。ミク、水飲み場においてあるでしょう?」
私は文句を言いながらコップに水を注ぐ。朝の慌ただしい時間にミクはよく構ってくるのだ。私が構いたいときは無視する癖に……!
ミクはコップの水をぺちゃぺちゃと飲み始める。
私はその後も気乗りしないながらも身支度を整えた。後はお弁当と折り畳み傘をサブバッグに入れて準備完了だ。
「ん?」
リビングに放置していた猫柄のサブバッグの中に既に何かが入っている。私は恐る恐る中身を覗いた。そして思わず声を上げて笑う。
「ミク!」
爛々とした目をしたミクが入っていたのだ。いたずらが見つかった子供のようにミクはサブバックから飛び出すと押し入れに消えた。目にも止まらない俊敏な動きに私はまた笑う。
あっという間に学校に向かう時間がやってきてしまった。私は玄関に向かって走る。ミクのせいだ!
猫に文句を言いながらもその足取りは先ほどよりも軽い。
外に出ると傘を差すほどでもない小雨が降っていた。湿った土の香りが鼻腔を突く。気温もそれほど寒くない。
温かな雨、という表現がしっくりとくる。
私は傘もささずに柔らかな雨の中を歩いた。雨に当たるのが心地良いと思うなんて……。もしかして私は植物にでもなってしまったんじゃないだろうか。変なことを考えて一人で面白がった。
ああそうだ。こんなことをしてる場合じゃない。早く学校に行かなきゃ。
私は自然と走り出していた。
帰ってきたら思い存分ミクと遊ぼう。
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