第14話 春分

『早咲きの桜をご覧ください!もうすっかり春ですねー。沢山の人が行楽を楽しんでいます』


 テレビの女子アナウンサーが満面の笑顔で外で食事をする人々を指し示す。女子アナウンサーの身に付けているトレンチコートが春の訪れを視覚的にも伝えてくれていた。


「いいですねー世間は春で。浮かれちゃって」


 私はどうかというと布団に潜り込んでいる。天気がいい日にこうして寝込んでいると改めて自分は病人なのだと思い知らされた。


 この三連休、私は運悪く体調を崩していた。

 朝と夕方の気温差に体が追いついていかなかったのだ。もうコートは必要ないかと思ってクリーニングに出したのが駄目だったのか……。いつだったか雨の日、冬を思い出させるほどの寒さに戻った時があったからそのせいだと思っている。


 休みの日に体調を崩すのは由々しき事態である。出勤日であればよかったのに。おまけに花粉症も重なって最悪だ。


 窓の外から「まおーん」と鼻にかかった鳴き声が聞こえてくる。

 私はのそのそと布団から上体を起こすと静かにベランダの窓を開けた。


「いらっしゃい……みお」


 ベランダからやって来たのは私の小さな友人、メス猫のみおだ。

 白い部分が多く、点々と明るい茶色のブチが入っている。どこのだれが飼っているのか分からないけどこうして私の部屋を経由して行くのだ。みおという名前は私が勝手に呼んでいるだけだから他にもいろいろと名前を持っているのかもしれない。


 私は気怠い体を起こして鼻をすすりながら適当なコップに水を入れてやる。


 テーブルの上に優雅に飛び乗ったみおにコップを差し出すと匂いを嗅いでからぴちゃぴちゃと音を立てて水を飲み始めた。


 私はその姿を椅子に座って正面から眺める。ふと、みおの近くに何かが落ちているのに気が付いた。


「これって……」


 人差し指と親指でつぶれないようにそれを持ち上げる。

 白に近い、淡いピンク色の花びら……それは桜の花びらだった。


 どうやらみおの体にくっついていたらしい。


 私がじいっと眺めていた桜の花びらをおもちゃと勘違いしたのか。みおがその小さな前足を出してじゃれついてきた。


「あ。桜」


 私は思わず呟いた。


 みおの肉球のピンクと桜の花びらが自然と重なる。まるで花開いた桜のように見えた。


 程よい弾力をもった肉球が私の手に触れる。そのまま肉球を触ろうとしたら前足を振り払われてしまった。もう少し肉球の感触を堪能したかったが爪で引っかかれてしまうので辞める。


 私に春を告げに来たのは猫だった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る