第12話 雨水

「今日は温かいな……」


 私は片手でふわふわの物体を触りながら呟いた。窓辺で一緒に日向ぼっこをしている相方は猫だ。不機嫌そうな表情を浮かべるものの私が好きなように触るのを許してくれている。

 マルという名前の猫は私が赤ちゃんだった時から一緒に居る。かれこれ9年の付き合いだ。全体的に白色なのだが顔の部分と体の所々に茶色の虎柄が見える。


 マルの最大の特徴はマンチカンという種類の猫の特徴でもある短い手足だ。よちよちを歩く姿がとても可愛いんだ。何度ムービーを撮ったか分からない。

 名前を付けたのはお母さんとお父さんで顔と体つきが丸いことからそう名付けたらしい。もっと可愛い名前にしてあげればよかったのに。


 昔のように猫じゃらしを目にするだけで走り回ることはなくなってしまった。猫は人間よりも年を取るのが早いと知った時はとても驚いた。

 ずっと同じ時間を生きてると思っていたのに。マルは私よりもずっと先の未来を生きているみたいに感じた。


 それってなんだかズルい。


 よくお母さんは私達のことを姉妹だっていうけど、そうなるとマルがお姉さんということになる。何だかそれは納得がいかない。最近では私の方がマルの面倒を見てやっているのに。


「お2人さん、ちょっと手伝ってくれる?」


 後ろからひょっこりとお父さんが顔を出す。私とマルは同時にお父さんの方を見た。


「雛人形?出すの早くない?まだ3月じゃないよ」


 驚く私にお父さんは得意そうに言った。


「いやいや。今日はベストタイミングなんだよ。お天気もいいし!何より縁起がいいんだ」

「縁起?」


 私は首を傾げた。マルも真剣にお父さんの方に顔を向け、耳をぴんっと立てている。


「そう。今日は暦の上で水が豊かになる時なんだって。そう言う日に雛人形を飾ると良縁に恵まれるらしい!ほら、雛人形って元は川に人形を流して厄を落としていただろう?実は水と深く関連しているんだよ」


 お父さんがお得意の豆知識を披露する。そんなお父さんを私は呆れたように見つめた。


「今まで2月の終わりぐらいに慌ててだしてたじゃん」

「……ごめんって。今年から!今年からそうするから」


 私はため息を吐くとお父さんを手伝うために立ち上がる。するとマルも「私も」と言わんばかりに私達の後ろをついてきた。


「お疲れ様!綺麗ねー!やっぱりお雛様はいいわ。華やかで」


 畳の部屋に飾られたお内裏様とお雛様を見てお母さんが歓声を上げる。

 1年に一度目にしているはずなのに毎年綺麗だな……と思えるから不思議だ。


「これで私もマルも良縁に恵まれるね!」


 私はマルを抱きかかえながら雛人形を見せてやる。私の言葉を聞いたお父さんとお母さんが笑った。


「良縁っていうのはね。何も結婚相手だけじゃない。場所だったり友達だったり動物だったり……そういう良縁というのもある」

「へえ……。結構良縁って幅広いんだね」


 私は久しぶりにお父さんの豆知識に大きく頷いた。私の腕の中にいるマルも雛人形をじっと見つめている。


 これからも私達姉妹が良縁に恵まれて健康で、幸せに過ごせますように。そっと心の中でお願いした。


 




 




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