第8話 冬至

「クリスマス夜ご飯いらないから」


 息子はぶっきらぼうにそう言うとお弁当を片手に玄関を出て行ってしまった。


「あいつ彼女でもできたかなー?あ。あたしもクリスマスはご飯いらないから」


 後から娘がにやにやしながら現れて言った。大学は登校時間が遅いのだ。


「何?あんたも彼氏?」

「そうなの……と言いたいところだけど違いまーす。バイト。そのままバイトの子達と飲んでくるから」

「そう……」


 娘は自分の言った冗談に自分で笑った。確か旦那も今日は仕事で遅くなると言っていたっけ。食事は駅の近くの牛丼屋で済ませてくるらしい。ということは……今年はベルと2人っきりか。心なしか寂しさを感じる。

 私の視線に気が付いたのだろう。キャットタワーの頂上に寝そべった猫が此方を見下ろしていた。


 ベルはノルウェージャンフォレストキャットという種類の大きな猫である。白地がベースなのだが、全体的にブラウンがかった縞模様に覆われている。前足が白い靴下を履いているように見えるのがチャームポイントだ。


「奮発して何か美味しものでも食べたら?」

「そうね。そうする」

 

 娘の提案に小さく頷いてみせたもののあまり気乗りしなかった。



『サンタさん来てくれるかな?』

『ね!僕達のプレゼント。届けてくれるかな』


 誰もいないリビングで幼いころの2人の子供達が座っているのが見えた。クリスマスソングを歌いながらクリスマスツリーを飾り付けている姿はとても可愛らしかった。


(それだけ子供達が成長したってことよね……)


 キャットタワーから私の様子を眺めていたベルがどすんっという音とともに降りてきた。ふわふわのしっぽを立てながら足元にすり寄ってくる。私がしょぼくれいてることに気が付いたらしい。


「そうね……。こうなったらベル。クリスマス、楽しんでやりましょう」


 私は1人と1匹クリスマスの支度に燃えた。


 年末の大掃除もしなきゃと思いながら押し入れから乱暴にツリーを引きずり出す。ツリーをリビングのコンセント付近に設置しオーナメントを飾り付けようとした時、邪魔者が現れた。

 飾り付けた球状のオーナメントを起用に手で地面に落としてじゃれついていたのはベルだ。それは毎年お決まりの光景のはずなのに妙に懐かしく思えた。


『ベルが遊んでるよー!』

『もう。クリスマスツリーの準備ができないよー』


 また幼いころの子供達の様子が浮かぶ。いけない。折角楽しもうと決めたのに……。

 ベルからオーナメントを取り上げると気分を変えるために買い物に出かけることにした。こうなったら思いっきり美味しいもの買ってやる!



「クリスマスケーキ如何ですか?」


 すっかり葉の落ちたイチョウ並木を歩いているとそんな声が耳に入ってきた。普段は買わない、ローストビーフを片手に私は足を止める。


「かわいい……」


 思わず呟いてしまった。そのホールケーキ全体が猫の形をしていたからだ。生クリームと濃いチョコレートケーキは白猫と黒猫を模していた。


「僕これがいい!クロにそっくりだから!」


 いつの間にか隣にいた男の子が興奮気味にショーウィンドウを指さしている。隣でお姉ちゃんらしき子が渋い顔をして「私、生クリームの方がいい」と反論する。2人で御遣いだろうか……。微笑ましい光景に思わず目を細める。


「すみません」


 私はサンタの帽子が良く似合う女性店員さんに話しかけた。



「一人で食べるには……大きすぎたわね」


 衝動買いとはいえケーキワンホールはやりすぎた。私はローストビーフを堪能した後、デザートのケーキの前で固まっていた。

 ベルはまだクリスマスツリーのオーナメントにちょっかいを出そうと手を出している。


「「ただいまー」」


 帰ってくるはずがなかった子供達の声が聞こえてきた。


「おかえり……。あんたたち早くない?」


「スタートが早くてさ。早めに切り上げることになったんだよ」

「居酒屋がどこも混んでてさー」


 子供達の拗ねたような表情に私は思わず笑顔になってしまった。


「ただいまー」


 子供達に遅れて慌ただしくリビングに旦那が駆け込んでくる。それを見た娘が揶揄うように聞いた。


「あれ?お父さん今日遅いんじゃなかったの?」

「早く上がってきたんだよ!ほら。クリスマスだし、ベルがうちに来た日だろう」

 

 そう言って鞄から猫のおやつを取り出す。私達はそれを見て大笑いした。


「皆でケーキ、食べましょう」


 ベルはオーナメントを口に咥えて私の前に置いて見せる。私はそれを拾い上げると手のひらに収まるぐらいの小さな頭をゆっくり撫でた。


「プレゼントをありがとう。ベル」

 

 

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