第7話 大雪

 コートを着込んでいるというのに通り過ぎていく風が冷たい。制服のスカートの丈を長くすれば寒さが凌げるかもしれないがそれだけは避けたかった。防寒より見た目の方が重要だ。

 時々無駄だと分かっていながらその場で足踏みをして体を温めようと試みる。


「おつー!」


 元気よく下駄箱に姿を現したのは友人は楽しそうに片手を上げて見せる。友人も私と同じくマフラーにコートと完全防備をしているが足元だけ寒々としていた。


「やっと来た!早く行こ!」


 私は友人を急かした。


「そんなに急いで……。食いしん坊じゃん。この前ダイエット宣言してなかったっけ?」


 友人は私が先を急ぐ姿を見るなり笑った。


「うるさいなー。金曜の放課後は別なの!それににミミ先輩にも会えるでしょう」

「ミミ先輩ね」


 友人と私はその名を呼んでくすくすと笑った。

 私達は金曜日の放課後、コンビニで買い食いするのが習慣にしている。夏はアイス、冬はおでんや肉まんを食べるのだ。だから金曜日のホームルーム中はそわそわしてしまって仕方ない。


 月曜日の予定や宿題、生活指導の話が全く耳に入ってこないのだ。先生は何を言ってるんだろうか?まあどうでもいいか。これから楽しいことが待っているんだし!


 イチョウ並木を小走りで駆け抜ける。辺りは薄暗いがイチョウの眩しい黄色が浮かび上がって見えた。

 落ち葉の感触が足の裏から伝わってくる。よく『落ち葉の絨毯』なんて表現を耳にするけどその通りだなと思った。一体最初に思いついた人はどこの誰だろう。拍手を送りたい。

 落ちたばかりのイチョウの葉はふかふかしていて絨毯のようなのだ。しかもこの見事な黄色が灰色のコンクリートの上に広がっているだけで景色が一変する。一気に視界が明るく、華やかになるのだ。


「あ!ミミ先輩だ!」


 友人がコンビニの前に佇むミミ先輩を指さす。

 ミミ先輩は目を細めてコンビニの出入口にひかれたマットレスの上に座っていた。『また騒がしい小娘たちが来た』と目で訴える。


 そう、ミミ先輩というのは猫だ。白地に黒い八割れの雄猫でしっぽは短くピコピコと揺れる。やや肉つきのいい体には黒い斑点が所々についてる柄が可愛いらしい。


「……今日は肉まんにしよう」


 私が呟くと隣で友人が笑った。ミミ先輩は私達を他所に大きなあくびをしてみせる。


「ちょっと、今ミミ先輩のこと見て決めたでしょう?失礼だよ!」


 騒ぎながらコンビニに足を踏み入れると暖房の生暖かい空気が私を包みこんだ。


「肉まん熱っ。外寒っ」

「熱いのか寒いのかどっちよ」


 私と友人は肉まんの袋を手にしながら外に出てまた盛り上がった。コンビニの出入り口には変わらずミミ先輩がどっしりと座っている。


 私達はミミ先輩の側で肉まんを食べる。ミミ先輩が座っている場所はコンビニの電灯看板が置いてあって温かいのだ。ミミ先輩が


「今週もお疲れさまでした。いただきますっ!」

 

 友人の前口上まえこうじょうに笑いながら私も元気よく続く。


「いっただきまーす」

 

 私達は肉まんに勢いよくかぶりつく。柔らかな白い生地の中からじゅわっと豚肉の汁が口の中に広がった。私は幸せと豚肉を噛み締める。


 するとミミ先輩が私と友人の足元にすり寄ってきた。短いしっぽがピンっと立ってご機嫌だ。くすぐったくて肉まんを手に持ちながら笑う。


 食べ終わってからのお楽しみは……ミミ先輩で暖を取りながら友人と話すことだ。

 白地に黒い斑点が散らばった柔らかな毛玉に触れる。


「あったかーい。やっぱり猫って人より体温が高いんだね」

「ミミ先輩をさあ、授業中に足元に置いておきたいよね」

「暖房器具みたいに使うなし!」


 そうやって友人と盛り上がっていると「かわいい」という声が聞こえてきて思わずそちらの方を向く。声の主はコンビニに入ろうとしていたお姉さんだった。


「私も猫を飼っててね……。真っ白なんだけどこの子は前髪みたいな柄でかわいい」


 そう言って優しく微笑んでくれた。猫は猫好きを引き寄せるらしい。


「そうなんですね!ミミ先輩、可愛いって。よかったねー」


 友人がミミ先輩の頭をぽんぽんと撫でるのを見てお姉さんと私は笑った。

 こんな寒い日でも猫の周りは温かいのだ。

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